「3重の構造」新世紀ロマンティクス 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)
3重の構造
2001年のミレニアム、北京五輪が決まり沸き立つ、2006年経済発展の真っ只中、コロナ禍の2022年と移りゆく中国を背景に、大同で出会い、重慶・奉節、経済特区珠海と巡り、再び大同へと辿り着き、別れと出会いを繰り返す男女を描いた物語。
2001年の山西省大同、主人公のチャオは、ショッピングセンターのキャンペーンガールなどを務めていたが、恋人のビンは、炭鉱産業の寂れた街から、仕事を求めて出ていってしまう。2006年、チャオは帰ってこないビンを探して、長江のほとり、重慶にも程近い、ダム建設のため水没しようとしていた奉節に行く。その後、ビンはマカオに近い経済特区、珠海に行くが、思ったような職はなく、結局、大同に舞い戻り、チャオとの再会を果たす。
炭鉱の町、大同では、退職者を中心に、皆が歌劇を楽しんでいた。歌に踊りとセリフが加わるのだろうけど、多くの人が近所の人と連れ立って出かけ、中には食事を楽しむことができる席もあり、歌手たちはそれぞれ、聴衆から、かなりの「おひねり」をもらう。日本の大衆演劇のような様相だった。
大同でも他の土地でも、公園や街路で、皆が麻雀の卓を囲む光景や、公園や公共施設の中で、ダンスを楽しむ風景も目立った。コロナ禍では、時間によるのだろうけど、車道がジョギングをする人たちのために解放され、一人一人が、思い思いの形で、蛍光塗料を施した靴をはき、しかも、同じ方向に向かって走る!
ただ、何としても、あれだけの経済発展を遂げているはずなのに、中国の人たちは、身なりも質素で、食事も決して贅沢には見えず、まるでアナ・カウリスマキの映画のようだった。
特に印象的だったこと、ジャ・ジャンクー監督の前作「長江哀歌」の主題に違いないが、三峡ダムの建設により、2千年に及ぶ古都・奉節は水に沈む。しかし、人々は淡々とそれを受け入れているように見えることだ。おそらく、全部で、113万人は家を捨て移住する必要があるというのに。それは、あの秦の時代から運河の建設を始め、治水と運輸・交通(今回は発電も)を国の最大の政策としてきた中国だけが為せる技なのだろう。
この映画は、こうした歴史の移り替わりを背景に、人々が、それぞれ都市の文化に親しみ、それらを前提に、個人が生きて、出会いと別れを繰り返してゆく姿を描いていた。彼らには、どうにもならない壁がある代わりに、帰ってゆくところがあるような気がした。