「シャボン玉」ANORA アノーラ U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
シャボン玉
一気に観れた。
が、終わってみればやるせない話だったし、嘘のない話だった。
劇中でアノーラは自身の事をシンデレラに例える。御伽話と違うのは、王子が絵に描いたようなクソ野郎で、王家が寛大な心も持たず、社会には身分も階層もあると認知し行使してる普通の権力者だった事だ。
ラストのSEXは悲しいなぁ…。
強がり100%というか、初め自分が返してあげれるのは身体くらいしかないって事なのかと思ってたけど、アレは施しだったんだな。マウントを取ろうとした相手に同情を向けられたら情けなくもなるわなぁ。
悔し涙だったんだろうか…ありもしない幸せを夢見た自分への怒りなのだろうか?
主人公はSEXワーカーで、大富豪の息子と知り合い結婚する。バカ息子がホントにバカっぽくて恐れ慄く。彼がこの作品にもたらした功績は計り知れないように思う。俺は彼を見て「この作品は面白いかも」と思った。
なるほどと思うのは「結婚」が実行されるまで、彼女は幻想を抱かないのだ。コレは仕事。対価として金を要求し、バカ息子の甘言にも振り回されはしない。
男は21歳、女は23歳。
口約束ではない、法的に認められている「結婚」をする。…どう考えても男に誠実さはない。アノーラも愛している風でもない。
でも、彼女はこの契約を機にクソみたいな自分の現実から這い上がろうと必死だったように思う。
いや…たぶん俺がそう解釈したいだけなんだけど。
そんな彼女はなかなかにタフだ。
屈強なボディーガード達に屈しないし、怒鳴り散らす後見人に言い負かされる事もない。
この男達が登場してからは、かなりコミカルなシーンが続く。
ただ、敢えて面白い事をするわけでもなく、間がいいというか、笑えてしまうと言うか…ボディーガードの登場は車内のツーショットで長回しなんだけど、なんいい。すこぶる気負いがないし、なんなら脚本の所在も忘れてしまいそうだ。
口論してる4人(参加してるのは3人だけど)のシーンも、のべつまくなしに喋りまくる。おそらくアノーラの台詞はほぼアドリブじゃないのかと思うのだけど、噛み合ってる。
不思議なんだけど、英語を話せない俺ですらそう思う。長いシーンなんだけど全く飽きないのだ。
皆様勿論、芝居巧者なのだけど監督のセンスも光るシーンだった。
坊主のボディーガードもいい味出してて、コイツだけが常識人だった。片方のデカいのは途中からずっとラリってるし。
イヴァンが逃走してからは、ホントに色んな事が差し込まれる。笑って見てられるのはどれもコレもキャラに沿ったエピソードのように思うからだ。正直あんなに長くやる必要はないのだけれど、ラストに向かう肩慣らしだったんだろうなぁと思う。
結局、2人は離婚する。
高慢ちきな母親はナイスなキャスティングだった。「母親が嫌いだから、母親が嫌うような女と結婚したのよ」って捨て台詞は強烈だったけど、それに大笑いしてる父親とかワザありな演出だったなぁ。
きっと父親もあの奥様には手を焼いてて、浮気もしてるし、興味ないんだろうなぁって。
全て手に入れてるであろう上流階級の人々でも、金を払っても買えないものが「愛情」なんだなぁなんて事を思ったカットだった。たぶん婿養子なんだろうなぁとか…w
終わってみれば、当初から彼女が予想していた現実は、なんら覆る事はなかった。
シャボン玉は割れるのだ。
でも、アノーラは
「本気なの?」
「本気だよ」
その言葉を真実にしたかったんだろうなぁって思う。自分の居場所を作りたかったんだろうなぁって。
遊女の手練手管じゃないけれど、行為の一環としてする告白など信じるられるような境遇ではなかったのだと思うんだけど、日常に擦り潰され、粒子程の大きさになっても、唯一残された彼女の純潔が「結婚」だったようにも思えて、切なかった。
縋りたくもなるよなぁ…。まやかしだと思っていても、目の前に結婚証明書なんて現実があれば。
センセーショナルなトップシーンからは想像もつかないような切ないラストカットだった。
アカデミーでは編集賞も取ったそうな。
なるほど、と思う。
面白いアングルはいっぱいあったし、編集する事で倍増する箇所も多々あった。加速したりチェンジアップがあったりと楽しかった。