「刺さる人には突き刺さるのでは」ANORA アノーラ ありんこさんの映画レビュー(感想・評価)
刺さる人には突き刺さるのでは
話題の作品だったので軽い気持ちで観たら、とんでもなく突き刺さって今もラストが目に焼き付いて離れない。
過去に恋愛で苦しい思いをしたことのある女性にはめちゃくちゃ刺さる作品なのでは。
アノーラはセックスワーカーで売れっ子。
最初に何人か客と過ごす場面があるけれど、あきらかに現実の恋愛対象ではない、キモい男ばかり。
でもその中で、たどたどしい英語で一生懸命自分と話し、口説こうとする年下のイヴァンに出会う。
最初は金持ちのボンボンつかまえてラッキー、くらいだったはず。
アノーラはプロなので、イヴァンが結婚の話を持ち出すまで、あくまでお金稼ぎのための行為であるスタンスを取る。
でも心は最初から、それなりに彼に惹かれているのが表情や態度でわかる。
お金のためでもあるけれど、イヴァンはストリッパーの自分でもちゃんと「可愛い女の子」として接してくれる。それは彼の友達の態度との違いを見ていてもそう。育ちがいいゆえなのかもしれない。
だから結婚することになった時は、本当に嬉しかったんだと思う。なんだかんだ25歳。ちょっと頼りないけど彼が私の王子さまに違いない、と夢をみる。
冷静な大人が見たらそんなわけないと思うことも、恋愛脳真っ只中の人間は、ぜんぶ見て見ぬふり。
だけどきっと心の中では不安だったんだろう。ゲームをしているイヴァンに絡み付くように抱きつく姿からはアノーラの強い「依存」を感じる。
目の下のクマも、彼女の不安定さを表すかのよう。
その不安を払拭するのは彼との享楽的な生活とセックスだけ。
そして案の定、その生活は一瞬で破綻する。
イヴァンが逃げてからのアノーラの態度は、依存対象が突然消えたことによるパニック状態だと思う。
彼女は最初からどこかで不安がある結婚だとわかっていたはず。でもそれを目の当たりにして、認められなくて、どこまでもイヴァンとの結婚続行を求めていく。痛々しいくらいに。
あんな男のどこがいいか、というのは、もはや問題じゃない。依存対象が急に消えるというのは、自分の精神の危機。
もっと言えば、セックスワーカーとして働いてきた自分を一瞬で全否定されるかもしれないという、尊厳の危機。
それをとにかく何とかしたくて、必死にイヴァンを探し、彼との結婚を望み、でも誰一人味方になってくれずに終わる。
アノーラの強いところは、最後、仕事をバカにされて、ふと気づくところ。謝らないイヴァンを見て、相手の本質に気づくところ。
強くて賢い女性だった。
そして最後、結婚指輪を取り返してもらえたのは、やっぱり嬉しかったんだろう。
でも対価としてセックスを差し出すしかないのが悲しい。
そしてその悲しみを理解され、イヴァンに求められなかったキスを求められ、そこではじめて、人としての尊厳を守られることの安堵を感じて泣きじゃくる。
恋愛でぼろぼろに傷ついたことのある女性には、あのアノーラが自分に見えるんじゃないかな。私は見えた。
子供みたいに泣けるのは、ある意味幸せなこと。
強くて賢いアノーラが、この先の人生で幸せになれますように、と心から願いながら帰った。