「名前には意味がある」ANORA アノーラ 恍惚のヒーローさんの映画レビュー(感想・評価)
名前には意味がある
オスカー授賞式前に観たんだけど、まさか作品賞をはじめ主要部門をまとめて獲るとは。おめでとう!
正直なところ、これまで観たショーン・ベイカー監督作品の中で個人的に一番好き、というわけではないですが(一番好きなのは『フロリダ・プロジェクト』)、それでも主人公のアノーラがある人物を捜し始めるあたりからどんどん面白さが増していったのだった。ちょっとあのパートはガイ・リッチーの映画を思わせるところもあって愉快。
道に張った氷でコケて以降、ゲロ吐いたりダウンしてたり一切役に立たないアイツとか、アノーラとかかわるコワモテの奴ら全員がどんどん可愛く感じられていく。
アノーラの「“イゴール”は使用人の名前」というヒドいセリフには不覚にも笑ってしまった(ボブチャンチンに謝れ)。でも「アメリカでは名前に意味なんかない」と思っているアノーラに、イゴールは自分の名前の意味を伝える。そして“アノーラ”という名にもやはりちゃんと意味はある。
『プリティ・ウーマン』のラストのファンタジーを吹き飛ばすような苦味も感じさせる本作品は、これまでの『フロリダ・プロジェクト』や『レッド・ロケット』と続けて観てくると、性風俗産業に従事する主人公にも、そしてなぜ「ロシア」なのかもなんとなく合点がいく。
ロシアの富豪のバカ息子の尻拭いに奔走させられるアルメニア人の部下たち。
幼稚で醜悪な成金に牛耳られたアメリカの凋落と、世界の惨状をふと重ねたりして。
俺はレイプ魔じゃないから、というイゴールの誠実な言葉が、まるでどっかの超大国のバカ大統領に対する皮肉のように聞こえる。
“名前”とはその人の存在そのもの。名前を大切にすること─それは人を大切にすることでもある。
授賞式のプレゼンターも務めていたタランティーノの映画(そういえば『パルプ・フィクション』で、アメリカでは名前に意味なんかないとブルース・ウィリスが語るくだりもあったな)でディカプリオに火炎放射器でバーベキューにされていたマイキー・マディソンが、ディカプリオよりも遥かに短いキャリアで若くしてオスカーを手にしたのも痛快。王子様にただ見初められたのではなく、監督に彼女の存在がインスピレーションを与えてこの作品は生まれた。
アノーラという名前は、彼女を演じたオスカー女優の名とともにこれからも記憶されていくのだ。