劇場公開日 2025年2月28日

「底辺に置き去りにされた人々への温かい希望が救い」ANORA アノーラ クニオさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0底辺に置き去りにされた人々への温かい希望が救い

2025年3月2日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

楽しい

幸せ

 奇想天外なドタバタの挙句の最後の最後に心が解き放たれる瞬間こそ映画鑑賞の醍醐味でしょう。「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」「レッド・ロケット」などの監督ショーン・ベイカーは本作も含め、制作・監督・脚本・編集までも一人でこなす独自のフィルムメーカー。基調は底辺に住む貧困層に寄り添い、気遣い見守り、僅かな希望の芽を探り当て、人間の優しさの本質を開花させる才人。いよいよもってカンヌ国際映画祭でパルムドールに続き、アカデミー賞に作品、監督、主演女優、助演男優、脚本、編集と6部門にノミネートの快挙。果たしてこのインディベンドな荒々しさの作品、言い換えれば品格なく、下品の極みがオスカーに輝くか? 個人的には上辺だけの調和より遥かに私の心にすっと入り込む大好きな作品なんですがね。

 大きく分けて4っのパートに、最初がストリップクラブに訪れたロシア人御曹司との出会いと夢のような享楽、続いてロシアの両親の知るところとなり手下が急行しドタバタ追跡劇、そしてプライベートジェットで遂に登場の両親による強硬離婚騒動まで、最後はエピローグで狂乱の騒ぎが祭りの後のように引き潮に、ここで思わぬ希望が見えるのが素晴らしい。

 当然ですがなにより悪いのはこの道楽馬鹿息子であって、20歳のガキに総てが振り回されるわけで。そもそも何ゆえにロシア系のセックスワーカーがいて、ロシアの大金持ちが豪邸を米国に構えているのか。米国内でロシア正教の司祭まで務める男が手下とは。ウクライナの件で言うまでもなく独裁プーチンのロシアなんぞ関わりたくもないはず。しかし多分監督は精緻に聞き込みを行った挙句の設定ですから、本当にこんな話があったと思われる。

 女にしてみれば、高架電車の振動受ける安アパート暮らしの身に、1週間の独占指名で1万5000ドルってことは約230万円、一日あたり約32万円なら、受けるでしょうね。男が馬鹿イコール純真ってことで、コロリと信じかけたのも、結婚の言葉に一瞬でも心が揺れたのも、後悔はしたくないですね。そこで互いの親に合うシーンを想像してしまう女が可哀そう。きっと独裁プーチンの隠し金たんまりの横流しの両親でしょうから、ド派手な金遣いにシンデレラを夢見てしまうのも致し方ない。この辺りの豪勢な振る舞いに、あの嫌らしい「プリティ・ウーマン」の前段を思い出す。4カラットの婚約指輪にセーブルの毛皮、エレベータのある邸宅、宝くじにあたったも同然です。

 それにしても中盤の馬鹿息子捜しのドタバタコメディ描写にはちと驚きで、サービス精神過剰にも。この辺りからラストの至福に向けて伏線描写がチラチラ登場し、よもやそっちに向かうの? そうあってほしいのエピローグになだれ込む作劇。坊主頭のイゴールの視線が柔らかく変化しているのがポイントで。

 ラストは雪降りしきる車中で、荒々しさのまま突入し一瞬で涙に代わる瞬間こと本作の白眉です。これを描きたいがために逆算したようにも思えてしまう。しかしこの二人がこの後幸せに・・・なんて思いたいけれど思えない。でもその瞬間に映画を終え、そうあって欲しい夢を見させてくれる優しさが胸をつく。

 アニーの母親はフロリダに彼女の姉と住んでいるなんて、「フロリダ・プロジェクト」の少女のその後のようで、心が痛みます。アニーの仕事柄際どいシーンが多々ありますが、決して露悪的ではなく、逆に新星マイキー・マディソンがよくぞここまでの役を受諾したものだと驚きもする。主演のマイキー・マディソン、ちょっと日本人にも見える風貌で、ド派手美人じゃないところがポイントかもですね。主演女優賞とってほしいものです。

クニオ