「生き方は自由、ならば他人の自由も奪うべきではない」エミリア・ペレス LittleTitanさんの映画レビュー(感想・評価)
生き方は自由、ならば他人の自由も奪うべきではない
1. 生き方は自由、ならば他人の自由も奪うべきではない
本作はあくまで荒唐無稽なフィクション。ただ、つくなら大きな嘘をの教え通り、細かい辻褄も翻弄し得るEmiliaのダイナミックな一代記を堪能した。
クライマックスは妻(Selena Gomez)との愛憎。Emiliaは女性に転換し、新たな人生を始める為に、自分の死を偽装し家族も捨てる。しかし幼子への執着を断ち切れず、元妻を言い包めて共同生活に戻る。夫を恐れるのと同じくらい、深い愛を語る元妻は印象的。 この際、子供でさえ体臭に父を感じるのに、元妻が何故気付かないのかはちと不思議。ただ、夫が"死ぬ"前からの不倫相手と遊び回るビッチ感と、賢さを放たない言動に妙に説得させられる。
子供を連れて去った妻の資金源を、Emiliaが絶った処から悲劇は本番を迎える。麻薬王の妻が本領発揮して、Emiliaを誘拐し拷問して身代金を要求。Emiliaを救出せんとする仲間との銃撃戦の最中、Emiliaの謝罪で初めて夫と気付き、Emiliaを人質に逃走を試みる不倫相手を止めようとするが、揉み合ったまま車は横転し、3人は火の海に沈む。
Emiliaが夫だと気付いてから、拷問を後悔し、不倫相手に逆らうまでの早さも印象的。妻のEmiliaへの反発は、夫への愛の裏返しでもあった。特に資金源を絶たれた事で、夫が遺した物を奪った事に怒りが誘拐につながった。しかし、拷問していた相手はまさにその夫自身だった。楽しい遊び相手ではあるが、夫が生きている解れば何の価値もなくなる瞬間が面白かった。
終盤の悲劇は、暴力的に解決しようとした妻に非はある。ただ、女性に変わる為に捨てた筈の家族を、取り返そうとしたEmiliaも強欲過ぎる。Emiliaが犯罪被害者の遺体を発見して讃えられたのは、麻薬王だった過去を消す事に成功したから。その上、自ら赤の他人になった家族に再度愛されようだなんて我儘過ぎないか。家族が望んでいるならまだしも、金で自由を奪おうとした事が、悲劇の遠因になった。教訓を得るタイプの映画じゃないが、「人生を捨てる覚悟があれば生き直せるが、他人の自由を奪おうとすれば因果は応報する」と感じた。
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2. 令和版「ガープの世界」?
本作を観ながら「ガープの世界」(1982)が何度も頭をよぎった。「ガープの世界」は、特殊過ぎる家庭に生まれたガープの一代記。奇想天外な母の元には、常軌を逸した程に多様な人々が集う。 作品の雰囲気こそ本作と異なるが、自身の欲求に正直に生きようとする登場事物や、有りそうで無さそうな彼等の人生模様がそこはかとなく似ている。特に衝撃を受けた、ガープと幼馴染の妻との愛憎が思い出された。
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3. 圧巻な音楽
本作の得も言われぬ雰囲気は、音楽に負う処が大きい。特に印象的なのは3曲。最初は、息子が父の体臭に気付く「Papa」。父の匂いは好きだけど、Emilianの化粧の匂いは嫌いと訴える。父性愛と性転換した申し訳無さがないまぜになる場面。
次に、アカデミー助演女優賞を獲った Zoë Saldaña が踊り狂う「Para」。パーティに集まる資金提供者を批判する詞にも関わらず、机の上もお構いなく会場を駆け巡るダンスは見せ場。
もう1曲は、Selena Gomezが歌う「Mi camino」。自分の人生、何をしようと、道を間違えようと勝手でしょ。それこそが私のやり方なのだから...。妻ばかりでなく、Emiliaの生き方も象徴する歌。
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4. 字幕視聴者は幸福な観客
Selena Gomez のスペイン語が聞くに耐えないそうですが、スペイン語圏の方はご愁傷様。スペイン語は聞き取れない日本人ですので、字幕で大変美味しく頂きました。
