劇場公開日 2025年3月28日

「VIVA MEXICO」エミリア・ペレス ジュン一さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0VIVA MEXICO

2025年3月30日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

笑える

難しい

「カンヌ国際映画祭」で、トランスジェンダー俳優が
初めて女優賞を受賞したと話題の本作。

が、その後の「アカデミー賞」では、
最多ノミネートにもかかわらず
受賞は「助演女優賞」のみとの惨敗は、
当該俳優による「Twitter」上での不適切発言の影響とも言われるが、
それが事実なら、2023年に続き
ハリウッドの空気感が影響を及ぼしたことになり、
極めて残念な結果と(個人的には)言わざるを得ない。

作品はあくまでも単体で観るべきで、
ここに盛り込まれた幾つものメッセージは十分に重い。

メキシコでの誘拐ビジネスについては
〔母の聖戦(2021年)〕でも描かれた通り。

誘拐し、直ぐに殺害した上で金を要求する。
被害者家族は一縷の望みを託し身代金を払うものの、
親族は当然戻って来ず、連絡もふっつりと途切れてしまう。

女性蔑視についても同様か。

社会では差別を受け、家庭でも虐げられ、
三界に家無しが一生続く。

メキシコシティの弁護士『リタ(ゾーイ・サルダナ)』は
その肌の色と移民との出自、更には女性であることから、
有能にもかかわらず表舞台に出られずくすぶっていた。

そんな彼女に
麻薬カルテルのボス『マニタス(カルラ・ソフィア・ガスコン)』が目を付ける。

彼は幼い頃から体と心の性差に悩み、
女性への転換を願っていた。

高額の報酬で『リタ』に一切を仕切らせ、
妻と二人の愛息を安全な場所に移した上で
自身は死を偽装、行方をくらまし性別適合手術を受ける。

ここで面白いのは、
男性且つカルテルのボスとの二重に強く奪う存在が、
女性で組織のバックアップを持たない二重に弱く奪われる立場を自ら選択すること。

勿論、犯罪により蓄えた潤沢な資金との後ろ盾はあるものの。
性別の違和感は当人にとってそれほど重いものなのか。

それから数年、得た資金を基にロンドンに出た『リタ』は
社会的にも成功する。

そんな彼女の前に、女性となった『エミリア/マニタス』が現れ、
再び力を貸せと言う。

『マニタス』の親戚と身分を偽り、
妻と二人の息子ともどもメキシコに戻りたいのだと。

再び彼(今では彼女)の望みを叶えるために奔走する『リタ』の健闘もあり、
新たな生活は順調に滑り出す。

そこでの『エミリア』は、
母性愛としか思えぬ愛情を、子供たちに注ぐ。

恐怖を与えることで、地位を保って来た人間の豹変ぶりに驚くのだが、
更なる意外な展開が待っている。

誘拐された(そしてたぶん殺害された)息子を探し続ける
市井の母親の心情にほだされ、
遺体を探し出し、遺族に引き渡すNPOを立ち上げてしまうのだ。

もっとも、この先には
不安な展開しか、観客には見えていない。

外見を変え性別を変え、
隠棲したことで安全な場所に身を置いたのに、
再び陽の当たる所に躍り出る。

それがどのような結末を招くのか。

折々に挟まれる{ミュージカル}の仕立ても相俟って、
現代のメキシコの病巣を取り上げ、
一石を投じる寓話として起伏のある展開を堪能する。

そして終幕。
活動の結果「聖女」並みに祭り上げられる『エミリア』だが、
彼女は本当に居なくなってしまったのか?

ジュン一