「そこは現代男社会の縮図のホテル 自覚なき見えない差別」ロイヤルホテル レントさんの映画レビュー(感想・評価)
そこは現代男社会の縮図のホテル 自覚なき見えない差別
カナダからバックパッカーとしてオーストラリアを訪れたハンナとリブの二人は当座の旅費を稼ぐために荒野にある場末のバーで住み込みで働くことに。
そこは女性人口が極端に少ない鉱山地帯であり、そこに集う男たちは女性に対するデリカシーのかけらもない連中だった。
実際の女性店員へのセクハラを映しだしたドキュメンタリー「ホテル・クールガルディ」に着想を得て劇映画にした本作。そこで描かれたのはまさに現代男社会の縮図だった。
店長のビリーを筆頭に彼ら男たちから彼女らに浴びせられる数々のセクシャルハラスメント。酷い扱いにハンナは早くも音を上げるがリブはそんな彼女をなだめて何とか仕事を続けようとする。
同じセクハラを受けてもハンナとリブとで受け止め方が異なる。ハンナにとって彼ら男たちによる言動は耐え難いものであるがリブはこういうものだと割り切っている。
この二人の受け止め方の違いから、彼女らの友情に次第にひびが入ることになる。同じセクハラ、女性差別を受けてもされる側による受け止め方の違い、あえて作り手は異なる立場の女性たちを登場させる。これは現実世界でも見られることである。
本作で描かれる女性たち、男たちのセクハラに露骨に嫌悪感を抱くハンナ、それを感じながらも受け流すリブ、男たちと一緒になりセクハラをする常連客の中年女性グレンダ、ビリーの父の代からこの店で働き女性への扱いに対してもはや諦念に至っているキャロル。そしてハンナ達の前にいた二人のバイト女性たち、彼女らも同様にセクハラを受けながらも酒やトビーの提供するドラッグに溺れて感覚が麻痺させられていた。この6人はまさに現代男社会における女性像をそのまま反映している。
そして本作に登場する男たち、トビーを除いて大半は悪気がない人間たちとして描かれる。確かに彼らはあからさまに暴力を振るうことまではしないし、マティもハンナに拒否されて無理やり彼女を襲うこともしなかった。彼女の顔を傷つけたのはあくまで不可抗力によるものだった。
彼らは犯罪者というほどの悪質性はなく、悪びれた様子もなく彼女らにセクハラをしている。それは自覚のないものであり、彼らには差別をしているという意識はない。ハンナに毎回金髪女のジョークをしようとするシモもただ笑わせたいからという意識でやっているし、アジア系のリブに対して何度もオーダーを繰り返させたのも人種差別による揶揄だが、当のマティには差別という意識はない。賢い雌犬か、というビリーの発言もおそらく父の代から受け継がれてきた差別意識によるものだろう。そういう諸々が彼らの体に染み込んでしまっている。それが当然のことであるかのように生きてきたからだ。
彼ら男たちの大半は鉱山労働者として重労働に酷使され、そのストレス発散のために日々酒やドラッグに溺れたり、バーの女性を性の対象あるいは恋愛の対象としてそのはけ口とする。彼らは女性をフレッシュミート(新鮮な肉)と呼ぶ。
彼ら男たちはこの資本主義の搾取システムに組み込まれた存在である。そして搾取される彼らよりさらに弱い立場の女性たちが彼らの憂さ晴らしの対象とされる。この店で日々繰り広げられる光景はこの社会システムの末端で延々と繰り返されてきた光景と言える。
そのシステムの中で長年受け継がれてきた差別意識。女性たちがあからさまに声を上げないことで男たちは自分たちの言動に問題があるなどと露ほども感じない。それがさらに差別を増長させてきた。
女性への差別は半ば当たり前のように行われてきて、される側の女性でさえもそういうものだとある者は割り切り、ある者はそれに便乗することで自分への攻撃をそらし、ある者は諦念の境地に達して思考停止に陥るか酒とドラッグで紛らわす。
差別する側に悪気がないことこそが深刻だったりする。彼らは彼女らを傷つける気など毛頭なかったと言うだろう。だが事実ハンナは追い詰められて傷つけられた。寝床の部屋まで押し掛けるトビーの姿はもはや恐怖でしかない。しかし彼らにその自覚はない。自分たちのしていることがわからないからだ。彼らのそうした自覚のなさ、悪意なき悪意が深刻なのだ。それは許容されやすい、現にリブが許容していたように。
そういった許容が小さな差別を常態化させて、気づけばそれが当たり前のようになる、いまさらそれに対して女性も声を上げにくくなる。
リブのように受け流すかグレンダやキャロルのようになるか、はたまた酒やドラッグに溺れて現実逃避するか。
むしろ悪意ある差別の方が正すのは簡単だ。悪いという自覚はあるのだから。しかし悪意なき差別はまずその悪意から自覚させなければならない。人の気持を考えずにしている自らの言動がどれだけ相手を傷つけるものなのかを知らしめる必要がある。それには被害者が声を上げるしかない。そしてハンナはついに声を上げる。
近年、女性たちの思いがついに爆発した。ミートゥー運動である。自覚なき差別、見えなき差別に長年さらされてきた女性たちの不満の種火がついに勢いよく燃え上がる時が来た。
ミートゥー運動を起こした彼女らの声を聴いて初めて男たちは自分たちの行為を振り返る。自分たちが相手を傷つけていたのではないか、それは許されない行為なのではないかと初めて自分たちの行為を自覚する。見えない差別とされてきた差別が目に見えるようになる。ミートゥー運動はその後世界に波及し各地でその火の手が上がり男社会の意識を変えつつある。
セクハラを割り切り酒やドラッグで人生を楽しもうとしていたリブはハンナが足手まといのように感じて二人の友情は壊れかけたが、ハンナの顔の傷を見て初めて目が覚める。やはり自分たちは酷い仕打ちを受けていると。
そんな二人はロイヤルホテルに火を放つ。忌まわしき男社会の象徴であった古びたホテルはたちまち炎に包まれる。それは世界中でミートゥー運動の火の手が上がったように。
経営者のビリーは親の店を継いだだけの飲んだくれで最後には飲みすぎで体を壊しキャロルにも愛想をつかされ店まで焼かれて破滅する。まさに古き男社会の終焉を象徴する結末である。
そんなホテルが燃え盛るさまを背にしてハンナとリブは毅然とした態度で歩を前に進めるのであった。
今回のハンナのロイヤルホテルでのバイト経験は彼女の専攻する経営、マネジメントに大いに役に立つことだろう。