「ヒットメーカーの手掛ける、史実を基にしたクライム・コメディ」密輸 1970 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
ヒットメーカーの手掛ける、史実を基にしたクライム・コメディ
【イントロダクション】
1970年代、群山市で横行した密輸に海女達が加わっていた史実を基にして描くクライムエンターテインメント。
出演は『コインロッカーの女』(2015)、『修羅の華』(2017)のキム・ヘス。『箪笥<たんす>』(2003)、『人生は、美しい』(2022)のヨム・ジョンア。密輸業界の大物クォン軍曹役には、監督の前作『モガディシュ 脱出までの14日間』(2021)のチョ・インソン。
監督・脚本は『ベテラン』(2015)のリュ・スンワン。その他脚本に、キム・ジョンヨン、チェ・チャウォン。
【ストーリー】
1970年代、韓国群山市の漁村クンチョン。海女であるジンスク(ヨム・ジョンア)とチュンジャ(キム・ヘス)は、ジンスクの父が所有する漁船“猛龍号”に乗って、他の海女達とアワビ漁で生計を立てていた。しかし、近くに建てられた化学工場の廃棄物によって魚やアワビが死滅し、漁村は経営難に陥っていた。
ある日、ブローカーである叔父の仲介で、ジンスク達は海外物資の密輸に加担する事になる。それは、海外からの船が税関の検査を受ける前に密輸品を海に投げ入れ、それを後日海女達が海に潜って回収するという内容だった。船長は反対していたが、経営難から密輸に加担せざるを得なくなる。密輸で得た収入はアワビ漁の比ではなく、ジンスク達の生活は一時的に豊かになった。しかし、船長は相変わらず密輸業に反対の姿勢を崩さなかった。
船長に反対される事を恐れ、ブローカーはジンスク達を喫茶店に呼び出し、新たな密輸品として金塊の回収を提示してきた。話を聞いたジンスクとチュンジャ、ジンスクの弟ドリ(パク・ジョンミン)の3人は、船長に密輸品の中身を告げずに仕事を引き受ける事にした。
回収作業は順調に進んでいたが、ドリのミスで箱が破損し、中の金塊が露わになった。その時、税関のジャンチュン(キム・ジョンス)が現れ、ジンスク達はパニックに陥る。慌てて船を発進させようとする船長だったが、錨が岩に引っかかってしまって動かない。錨を引き上げようとしたジンスクの兄ジングは、張力で引きちぎれた縄の直撃を受け負傷し、海に落ちてしまう。慌てて救出に向かって海に飛び込んだ船長だったが、ジングの足に絡まっていた網がモーターに巻き込まれ、2人とも命を落としてしまう。
残ったジンスク達は税関職員に逮捕されるが、チュンジャだけは混乱に乗じて逃亡する事に成功する。
ジンスクは逮捕されたメンバーの中で最も長い刑期を言い渡され、刑務所に収監される。面会に訪れたドリや他の海女達から、税関に密告したのは逃亡したチュンジャではないかと聞かされる。
2年後、チュンジャはソウルで密輸ビジネスを営んでいたが、密輸業界の大物であるベトナム戦争の帰還兵・クォン軍曹(チョ・インソン)の縄張りに踏み込んだ事から捕らえられ、多額の賠償金を要求される。返す宛てのないチュンジャは、税関の監視が厳重なクォンの密輸ルートの代替ルートとしてクンチョンを提案する。2年ぶりにクンチョンに帰還したチュンジャは、新たに漁村のボスとなったドリとクオンを引き合わせる。
一方、チュンジャへの疑念を抱き続けているジンスクは、彼女への協力を拒否し、ドリは人手となる海女を確保しなければならなくなる。しかし、海女仲間であるオッチョクが生活費を稼ぐ為にサメの居る危険な海域まで漁に行き、サメに襲われて右足を失ってしまう。ジンスクは、チュンジャとクォンがオッチョクの治療費を肩代わりする事を条件に、密輸への参加を決意する。
チュンジャ、クォン、ドリ、そしてジャンチュンと、それぞれの思惑が交差する中、大規模な密輸作戦が開始されようとしていた。
【感想】
本国である韓国にて、青龍映画賞で最優秀作品賞、大鐘賞で最優秀監督賞を受賞と、高い評価を受けた本作。日本でも翌2024年7月に劇場公開され、当時から興味は抱いていたのだが、地理的な理由から鑑賞出来ずにいた作品。
冒頭のテロップでは「1970年代半ば」と、明確な時代設定は明かされていないが、中盤でオップン(コ・ミンシ)が税関事務所から盗み出す密告者名簿の年代が1972年であった事から、作中のメインとなるのが1974年の出来事だと推察出来る。
タイトルや監督のキャリア、70年代が舞台という事から、もっと硬派なクライム作品かと思ったが、実際は70年代ファッションと歌謡曲のオンパレードで描かれるクライム・コメディであり、作中度々裏切りが横行しつつも、全体的には軽いノリで進む作品。
その為、作中に流れる音楽も何処か間抜けで、映像も70年代作品を意識した部分が散見される。そのテンションに何処までチューニング出来るかで評価が分かれそうで、私としては70年代風を意識した作品には硬派な印象を求めてしまいがちなので、評判程ノれはしなかった。
もう一つ、私が作品に没入出来なかった要因として、キャラクターに感情移入出来なかった事が挙げられる。中盤に至るまでは、チュンジャとジンスク、それぞれの立場を交互に映しつつも(ややジンスク寄りに描かれているが)、どちらが主人公なのかがイマイチ判然とせず、誰に感情移入すれば良いのか分からなかった。そして、それが作品への没入感を阻害しており残念に思った。中盤辺りまで鑑賞して、ようやくダブル主人公なのだろうと理解したが、そこまでは「密告者はチュンジャなのか?」「誰がいつ裏切るか分からない」というストーリーへの興味の持続で作品を引っ張っていた事もあり、誰にも感情移入出来ていなかったのは痛い。
また、70年代テイストをふんだんに取り入れて展開しつつも、ドリによるクォン軍曹襲撃のシークエンスは監督お得意のアクション満載の派手な見せ場となり、ここだけ途端に現代アクションの演出になる。演じたチョ・インソンやパク・ジョンミンの熱演は楽しめたが、こうしたアクションは別に本作のような題材でやる必要性は無いので、現代的な演出と相まって違和感を感じた。
また、水中シーン含め、CG処理を施している箇所が分かりやすく、作り物感が出てしまっていたのも気になった。そうした安っぽさも、ある意味70年代的(この時代には、まだCG技術は実験段階でごく一部の作品にしか用いられていないが)と言えばそうなのかもしれない。
対して、海でのクライマックスの盛り上がりは良かった。海女達が自分達の職業を活かし、連携プレーで男達を次々と葬っていく様は、これまでの支配構造に対する反抗として一定のカタルシスがあった。ジンスクとチュンジャが水中でバトンタッチするシーンの構図は見事。ただ、このカタルシスを存分に演出する意味でも、ジンスクとチュンジャ以外の海女達ももっとキャラクターを掘り下げて描いてほしかった。
チュンジャの「“貧乏は罪”と知った。人は貧しいと罪を犯す」という台詞も印象的で、若者の経済的困難から日本でも“闇バイト”を中心に犯罪の片棒を担ぐ事は最早珍しい事ではなくなってしまった現代に通ずる台詞だと感じた。
ミッドクレジットで負傷しながらも奇跡的に生存していたクォン軍曹の病室をチュンジャが訪ねるシーンがあるが、あれは男女の仲ではなく、これまでの「支配する側/される側」の立場が完全に逆転した事を示すものとして映った。チュンジャとしては、業界にコネクションの多いクォンを引き込みたい気持ちがあるのは当然なので、部下を失い激しく負傷した彼を支配下に置いて、自らが密輸業界の頂点に君臨するという高らかな勝利宣言だったのだろう。
【総評】
ヒットメーカーの監督によるクライム・コメディは、舞台となっている70年代風のテイストとチューニングが合えば存分に楽しめるエンターテインメントだと言えるだろう。
私は今一つノれなかったが、クライマックスの盛り上がりとオチの爽やかさ等、楽しめる要素もあったので一見の価値はある作品だった。とはいえ、やはりリュ・スンワン監督には硬派な実話系や現代的アクション作品の方が相性が良いと感じた。
