劇場公開日 2025年3月20日

「トマスが真実を見極める力」教皇選挙 Moiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5トマスが真実を見極める力

2025年5月18日
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鑑賞方法:映画館

感想

つい最近のニュースでも史上初のアメリカ合衆国出身の教皇が誕生した事が話題となっていた。コンクラーベ自体は以前からその秘匿性の高さが気になり、昨年度のアカデミー脚本賞を受賞した本作を是非劇場で鑑賞したいと思っていたが、体調的に余り勝れず日比谷まで行くには遠いと感じていた。しかしニ番館上映として家の近くの映画館で上映が始まったのて出かけて鑑賞した。

全世界に13億人以上の信者を抱えていると言われているローマンカトリック。その頂点にある教皇が亡くなり次の教皇を選出する為に行われる教皇選挙(コンクラーベ)に於いて選挙管理を司る首席枢機卿の視点を通して展開していく人間が企てた様々事実(事象)を描き変化し続けていく人間模様の中で新しいローマ教皇が選出される模様を描くミステリーサスペンス。

コンクラーベを進めていくうちに次第と分かってくる次期教皇となるべき枢機卿達の過去や人間としての考え方や、神と真摯に向き合う時、神に対する畏敬の念と宗教指導者としての顔の裏にある人間的な虚栄心や自我、利己的な心の葛藤や悩みと苦しみ、自分が過去に犯してきた聖職者としてとても人には言えない罪への贖罪の気持などが赤裸々に浮き彫られる。その様子は現在の全世界が抱えている様々な民族的災いや国家間の争いに巻き込まれる人間の不幸、死の悲しみと重なり観る者に心の葛藤と問題を投げかける。

本作に於ける教皇の選出結果にしてもその結末は其々の個人が持つ宗教的信念と掛け離れていて賛否両論があるのかも知れない。しかし世の中の不確実性極まる事件や事故さらに社会問題化する多様性社会の問題等が、普段の社会には溶け込んでいるが、一旦事象が発生してくると顕在化してくるダイバーシティにおける人種的差別問題やジェンダー受容、格差問題、その他不条理な諸々の現代社会の心理、また細々とした人間関係、社会的要素が加わりそこから想定外の事態が発生してしまうという事実がある。

それらを鑑みると本作主人公の第一日目の最初にあった祈祷の中で発せられる「確信に満ち溢れた信仰、又は確信に満ちた行動や考えほど思い込みが過ぎてしまい独善的な恐怖と抑圧に満ちた偏見を生み出してしまう原因になるのではないか?人として不確実性の中を生きることによる迷いや悩みの原因と苦しみがあるのだが、一つずつ人間として向き合い考えぬき、ある程度の納得をして結論を出して解決していく事が正しいのではないか。此処に集う全員に神様のご加護があります様に。」と祈祷の意味を私は解釈したのだが。ローマンカトリックの各地区のリーダーたる枢機卿という高い位の立場の者であっても人として、また一個人としての考えをその場にいる者の内で心が通い合う者同士だけでも良いので意思疎通を繰り返し話し合う事が最良で正しい判断であると感じさせるシーンが印象的であった。

精神医学の中に認知バイアスという考え方がある。それは判断においての規範や合理性から体系的に逸脱したパターンを指す。閉鎖空間の中で繰り返し行われる投票行動により認知バイアスが働き全く予測が出来ない経緯を経て真の宗教的リーダーが選ばれる事もあるのだということが本作を鑑賞してよく解った。三日間で数回に渡る投票を繰り返すうちに枢機卿達は神と自己との関わり深める。同時に現実として新しい教皇を選出するという行動に認知バイアス規制が掛かりその内で最適と考える候補者を選出していく。単に票集めの政治的工作や競合者を貶める様な裏工作も宗教者を選出するという行為は良心の呵責が大きく作用し、新たな情報としてその行動を認知する事により、新しい認知バイアスが作用する。認知バイアスは全く自由に情報を選択できる場合に的確な回答を外しむしろ逆に害を及ぼす場合もあるが、情報が限られた世界(外部からの情報を遮断された空間)においては認知科学又は社会心理学的に見ても認知バイアス上での教皇の選出は真当な事となり得る。

世界的多数の信者を持つ宗教のリーダーを選出するために故意に情報が入れない世界を設定し神と自分を対峙させる事で真実として結論を導き出していく教皇選挙。しかし、真実として選ばれた者であってもその後の振る舞いによっては正当ではなかったと解釈される事も存分に考えられるのだが。

本当の真実とは何か。世界の、どの分野(宗教・国家・政治・民衆文化)にも該当する本当の真実(人間の本来持ち得る、本質的な道義・道徳的な正しさ)は既存の規範や合理性から体系的に逸脱したパターンの中に実は存在するのではないか?そんな気持が湧き出てくる作品であった。

世界の現状は過ぎたる「確信」による災いが世の中ではありとあらゆる場所で頻発し、国家や政府のリーダーがその「確信」を改めない限り世界に平和は訪れる事はない。その中で新しい宗教リーダーであるローマ教皇は世界平和実現の為にどの様な働きをしていくのだろう。興味を持ち注視していきたい。

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脚本・演出◎
想像以上の脚本の出来映え。自分自身の信念や信仰が無くても問題提起として充分な仕上がりをみせる。

配役
レイフ・ファインズ:トマス・ローレンス
神経質で人間性豊かな神への畏れを持つ首席枢機卿を絶妙な演技でまさに聖書にある「キリストの復活を疑い惑うトマス」のような表情を体現していて秀逸。

イザベラ・ロッセリーニ:シスター・アグネス
「ブルー・ベルベット」が自分にとっては衝撃の映画であったので懐かしい。久しぶりに御姿を拝見。シスターの服装なので最初気付かず。

ジョン・リスゴー:ジョセフ・トランブレ
スタンリー・トゥッチ:アルド・ベリーニ
セルジオ・カステリット:ゴッフレード・テデスコ
ルシアン・ムサマティ:ジョシュア・アデイエミ
カルロス・ディエス:ヴィンセント・ベニテス

⭐️4.5

Moi
トミーさんのコメント
2025年5月19日

共感ありがとうございます。
深い分析のレビュー、素晴らしいです。
身辺がだらしない枢機卿も、偏見に満ちた枢機卿も、揺らいでいる者も、特殊な状況下でそれぞれに神と対話するんでしょうね。個人的にはインノケンティウス新教皇には強い権力願望を感じました、ローレンスはそれもまた良しとした様に。

トミー
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