「1970〜90年代のアメリカを知らないと意味不明だと思うので、事前に予習はしておいた方が良いと思います」アプレンティス ドナルド・トランプの創り方 Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
1970〜90年代のアメリカを知らないと意味不明だと思うので、事前に予習はしておいた方が良いと思います
2025.1.22 字幕 TOHOくずはモール
2024年のアメリカ映画(123分、R15+)
実在の人物ドナルド・トランプの若き実業家時代を描いた伝記映画
監督はアリ・アッバシ
脚本はガブリエル・シャーマン
原題の『The Apprentice』は「見習い」という意味
物語の舞台は、1973年のアメリカ・ニューヨーク
父フレッド(マーティン・ドノヴァン)の会社「トランプ・オーガニゼーション」の副社長を務めているドナルド(セバスチャン・スタン)は、ニューヨークの再開発に興味を持っていたが、父と意見が対立していて思うように動けなかった
彼は、父が作ったトランプ・ビレッジの管理を任されていて、家賃の回収に向かうものの、住人からは冷たい目で見られていた
トランプ・ビレッジは貧困層にも貸し出していたが、人種差別を行っているとして、公民権局から訴訟を起こされていた
理不尽な訴訟だと反論するものの、世間体は厳しく、勝ち目のない裁判となっていた
ある日のこと、会員制クラブを訪れたドナルドは、そこでラッセル(ベン・サリヴァン)という若い男から声をかけられた
彼は「友人が話したいと言っている」と言い、ロイ・コーン(ジェレミー・ストロング)のいるテーブルへと案内した
そこには、マフィアのトニー・サレルノ(Joe Pingue)、実業家のスタインブレナー(ジェイソン・ブリッカー)などもいて、ドナルドは彼らと一緒に飲むことになった
ロイはフレッドが訴訟を抱えていることを知っていて、ドナルドは「いじめだ」と訴える
ロイの友人たちは「彼に頼めば良い」とふざけるものの、ドナルドは本気で彼を頼ろうと考えていた
父はロイのことを快く思っていなかったが、家族会議の末にロイの話を聞くことになり、彼はトランプ家の代理人として、公民権局と戦うことになった
映画は、この出来事をきっかけに、ドナルドとロイがクライアント以上の関係になっていく様子が描かれていく
ロイは「勝つための3つのルール」というものを持っていて、それをドナルドに教え込んでいく
「攻撃、攻撃、攻撃(Attack, Attack, Attack)」
「何一つ認めず、全否定せよ(Admit nothing, Deny everything)」
「勝利を宣言し、負けを認めるな(Claim victory and never admit defeat)」
ドナルドはその教えを忠実に守り、やがてはロイの制御が届かないところまで上り詰めていくことになったのである
物語は、ロイの他にのちに妻となるチェコ人モデルのイヴァナ(マリア・バカローバ)との出会いも描かれていく
会員制クラブに入れなかったイヴァナを助けたことがきっかけで、この恋愛にもルールを押し通していく
だが、結婚制度に異議を持つロイは自殺好意だと激怒する
やむを得ずに「婚前契約書」を交わすハメになるのだが、そんな結婚がうまくいくはずもなかった
やがて、ドナルドの成功とともに表舞台に出ざるを得なくなるイヴァナは派手に着飾ったり、夫の意見を取り入れて豊胸手術をしたりしていく
だが、夫婦の倦怠期はあっさりと訪れ、「もう魅力を感じない」とまで断言されてしまった
ロイとの関係は、仕事というよりもロイの健康面のが原因で、それが全米を襲ったエイズの流行だった
ドナルドはロイとラッセルがそのような関係であることを知っていて、ラッセルの病気がエイズであることに気づいていた
当初、ドナルドはハイアットホテルにラッセルを泊めていたが、偏見はやがて衝突を生み、彼をホテルから出さざるを得なくなった
この行為によってロイとの間に亀裂が生じ、さらにロイ自身もエイズに感染してしまう
ドナルドは距離を置かざるを得なくなり、美容外科医ホフリン(マット・バラム)にも、それとなくエイズのことを聞いていた
やがて、ロイは車椅子生活を余儀なくされ、ドナルドの知らないところでラッセルは亡くなってしまう
ロイは新しい恋人ピーター(Aidan Gouveia)の介助を受けるものの、ドナルドに抱いていた想いも捨てきれずにいた
ある日のこと、ピーターとともに避暑地に出向いたロイは、そこで盛大な誕生日会を催してもらう
ドナルドから高価なカフスボタンをプレゼントしてもらうのだが、イヴァナはそれを「安物だ」とバラしてしまう
ロイは落胆するものの、アメリカの国旗を施したバースデーケーキを前にして、最後の意地を通して、ドナルドと切れることを決意するのである
一般的にカフスボタンは女性が気になる男性に贈るもので、「私を抱きしめてほしい」という意味合いが込められていると言う
受け取ったロイとすれば、ドナルドの計らいに感動するものの、イヴァナの言葉でその意味が逆転してしまう
また、国旗を施したケーキを見て、ロイは「ドナルドの決意」と言うものを感じ取る
それは、これまでにロイが掲げてきたアメリカ・ファーストの考え方を、今度はドナルドが受け継ぐと言う意味合いになっている
それゆえに、ロイは私情を挟むことなく、ドナルドの前から姿を消すことを厭わなかったのではないだろうか
いずれにせよ、実在の人物が大統領選に出ると言う段階で制作されているので、ある種のネガキャンの一歩手前のような映画になっていた
公開差し止め請求が来るのも当然で、かなりプライベートな部分を掘り下げすぎているように思える
ドナルド自身が良くても、故人の名誉を蔑ろにしたり、さらに家族に与える影響というものも大きいだろう
ただし、思ったよりもネガキャン要素は感じられず、ドナルドの人間的な部分と彼の政策に関する思想を尊重しているので、その点は悪くないのかなと思った
この映画はドナルドの伝記であると同時に、これから変わっていくアメリカの方向性というものを表している
なので、賛同者は「USA!」な政策に鼓舞し、その思想にそぐわないと感じるものは反発をするのだろう
ある種の分断が起こっているのだが、民主主義は分断を起こすことが前提になっているイデオロギーでもあるので、今後はマイノリティには住みづらい世の中になっていくのかなと思った