Otaru and a dancing girl. あるいは A girl dancing with Otaru.
岩井俊二や村上春樹の作品群に通じる設定や要素に満ちている。かつての恋人、その娘、手紙、小樽とくれば岩井監督の「Love Letter」とその“アンサー映画”である「ラストレター」を思い出す。優しくも憂える男性主人公、北海道、素敵な女の子といえば村上春樹の「羊をめぐる冒険」「ダンス・ダンス・ダンス」、そしてアニメ映画「めくらやなぎと眠る女」とオムニバスドラマ「地震のあとで」でそれぞれ映像化された「UFOが釧路に降りる」。単に要素が共通するだけでなく、抒情性やメランコリックなテイストも両クリエイターを想起させる。
まず、三浦貴大の演技がしみじみと良い。大きく表情を変えることなく、よく通る声のわずかな調子の変化や目の繊細な表現で、複雑な心の動きを伝えている。6月封切りでロングランヒット中の「国宝」での演技が絶賛され、この「行きがけの空」のあとにもう1本の主演作「やがて海になる」が10月に控えるなど、三浦にとって2025年は再評価と飛躍の年になりそうだ。
美歩役・服部樹咲は長編映画初主演作「BISHU 世界でいちばん優しい服」のよい印象が残っていたが、同作以上に持ち味と魅力を出せていたように思う。幼少時からクラシックバレエを習い大会での入賞も多数あったようで、本作ではコンテンポラリーのダンサーを夢見る高校生として説得力のあるパフォーマンスを披露。序盤では港湾を一望できる倉庫の屋上で、また終盤では(物語上は横浜の設定ではあるが)レンタルスペース(撮影場所は小樽市東部にあるアートヒルズ望海)の壁一面の窓から見える小樽湾の前で、優美かつダイナミックな踊りで魅了する。
個人的な好みではあるが、素敵な女の子がダンス系の本格的なパフォーマンスを披露し、映画内の世界からさらに別のステージへと観客を誘ってくれる作品が大好きだ。特に印象に残っているのは、岩井監督作なら「花とアリス」の蒼井優(バレエ)、「鈴木家の嘘」の木竜麻生(新体操)、「ぼくのお日さま」の中西希亜良(フィギュアスケート)など。これらの中にお気に入りがあれば、「行きがけの空」も好きになる可能性大だろう。
最後に、小樽のロケ地がらみの余談を。2023年10月に法事で北海道に行き、半日ほど空いたので小樽と余市を駆け足で観光した。そんなわけで、本作を観始めて小樽駅前や運河、倉庫のあたりを歩いたなとか、美歩が早朝バイトをしている三角市場で行列待ちして海鮮丼食べたなあなどと懐かしんでいたが、旧手宮線の線路の(三浦貴大と葉月役・神村美月が話す)シーンで、そういえばここを通りかかったときちょうど大人数のロケ隊が準備していた、と思い出した。もしやこのシーンの撮影か、だとしたらちょっとした縁だなどとわくわくしながら鑑賞後にネット検索したところ、「行きがけの空」の小樽ロケは2022年11月で残念ながら1年ほどずれていた。さらに調べると、私が遭遇したのはNetflixドラマ「さよならのつづき」(有村架純・坂口健太郎主演、2024年11月配信開始)のロケ隊だったようだ。こちらは未見だが、やはり小樽のあちこちで撮影したようなので、小樽や北海道のファンはよかったらチェックしてみて。