「ある種のホラー映画であり、ある種の悲劇的恋愛ものでもある」国宝 M.Nさんの映画レビュー(感想・評価)
ある種のホラー映画であり、ある種の悲劇的恋愛ものでもある
既に多くの方が観て、多くの方がレビューを書かれており書く必要はないかとも思いましたが、今更ではありますが先ほど観たので、自分の心を整理するために書いておきます。それでもよろしければ、ご高覧ください。
演技、音響、脚本、演出等、それらについては多くの方が書いているので特に書くことはございませんでした。素晴らしいの一言に尽きます。
ここからは、わたしが印象に残ったところだけ抽出して書かせていただきます。
冒頭、ヤクザの頭領だった父親が死ぬ場面で、「よく見ておけ」と独り言じみた「意志の継承」を行うシーン。雪の白と父親の血の朱が紅白のコントラストを描いていて、単純に美しいと思わされました。主人公の喜久雄もそれに魅入られるように、父親の死の悲しみと同時に雪の美しさの向こうに目を奪われてしまっていて、「この人はこの瞬間から死に憑りつかれてしまったのかも知れない」と思いました。恐らく、この時に喜久雄の中で「美=死」という方程式が出来上がったように思います。ちなみに、わたしはこの雪と血の紅白を見て、「紅白幕」を思い浮かべました。つまり、「祝福」のメタファーを感じたということです。
それ以降、喜久雄は歌舞伎役者である花井半二郎に拾われて役者への道を歩む中で少しずつ歌舞伎にのめり込んでいきます。ここで「美=歌舞伎」という方程式が出来上がり、3段論法的に「死=美=歌舞伎」という関係性が出来上がったのかな、と思いました。
そんな喜久雄も、人並みの幸せを手に入れようと幼馴染の春江にプロポーズしたり、自分に目を掛けてくれた藤駒と子供を作ったり、頭を下げてまで役を貰おうと藻掻きますが、すべて上手くいかず、一度、地に堕ちることになります。
その底まで堕ちたと思われるシーンで、一緒に駆け落ち同然で着いてきていた彰子から「どこを見ているの?」と問われ、「どこを見ていたんだろう?」を自嘲しながら空を見上げて舞う様子はまるで歌舞伎の演目の一つを観ているようで心がギュッとなりました。ここで、喜久雄はようやく、自分が目指していたもの=悪魔と取引してまで手に入れようとしていた「景色」が人並みの心を持ったままでは手に入れられないものであることに気付いたように思えました。
その後、人間国宝となり引退した小野川万菊に呼び寄せられ、もう一度歌舞伎の舞台に戻ることになる訳ですが、その時、狭いボロアパートのような一室で病床に臥せっている万菊が「ここには何も美しい物がない。でも、ようやく安心できた。もう美しくなくても良いと言われているようで」というようなセリフを言います。つまり、万菊にとって人間国宝であること以前に歌舞伎で女形として美しくあることは苦しみであり、呪いであったことがうかがえます。その後、万菊は喜久雄に「舞ってみなさい」と扇子を渡しますが、これもまた上記の父親同様に「意志の継承」が行われたように思いました。つまり、この映画において継承とは「遺言」でもあることが想像できます。同時に、わたしにはこれは上記万菊の台詞から見てもこれが「呪いの継承」でもあるように思えました。
また、この映画では、喜久雄に何かを継承する人は、その直後に死ぬ運命を辿っているように思え、おまけにそのシーンはどこか舞台の上である印象を受けました。半二郎も襲名披露の舞台で吐血して退場、半弥もある種、舞台で「曾根崎心中」という演目の中において命を賭して喜久雄と一緒の舞台で役を演じ切っているところからも、舞台という美の集大成が結実する場で死に往くという形式が取り入れられており、やはりどこか「美=死」という方程式がチラつく感じがしました。
加えて、喜久雄は幕が落ちるとほぼ必ず一人になっている様子がゆっくり描かれており、彼の孤独と「演じる」という行為が同居しているとともに、彼が「悪魔と取引した」というその代償として、彼が歌舞伎の腕を上げるほど、周囲が消えていくという呪いになっているように思えて切なくなりました。要するに、彼は「歌舞伎の舞台」に愛されてしまったことで、人としての幸せから遠ざかっていく運命を背負っているように思えるということです。その孤独が分かっていたのは、万菊だけだったのかも知れません。
なので、わたしはこの作品は「歌舞伎という名の女性を愛してしまった男が、その女性に振り回されながらも最後は結ばれる話」であると解釈しました。だから、喜久雄の周囲からは人間の女性が多く寄せ付けられるものの、最後は喜久雄の傍からいなくなっていくのだと思いました。
また、ラストの演目である「鷺娘」の最後、喜久雄が舞台の上で一人となり、劇場に誰もいなくなった場所で自分を照らす光を見つめて「綺麗やな」と呟くシーンも、「これは結婚式であり、最後に、喜久雄は自分の花嫁を見付けたんだな」と思うと、自然と腑に落ちました。
そんなことを思った結果、わたしはこの作品を、「悪魔との契約によって、人並みの幸せをすべて失うという呪いに掛けられたホラー」であるとともに、「人間国宝になってしまうまで歌舞伎という女性を愛し、最後はその女性と結婚できた」という悲劇のような恋愛話という重層的構造を持った作品だと思いました。
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