劇場公開日 2025年6月6日

「芸とは何か。」国宝 xmasrose3105さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0芸とは何か。

2025年7月10日
iPhoneアプリから投稿

観終わって、最初に思ったのがそれでした。
芸とは何か。
人間国宝・万菊(田中泯さん)。
死の間際に東一郎(喜久雄=吉沢亮さん)を呼び寄せます。

この時の住まいに、わたしは一瞬、驚愕しました。
国宝に相応しい悠々自適の佇まい、とはとても言えない、ボロアパートの一室。
そこで寝たきりの彼は東一郎に、稽古をつけてあげようと言います。
美しいものが何ひとつない、この部屋で。
でもわたしにはわかる、と。

俊介(横浜流星さん)も、喜久雄も、それまでには紆余曲折があります。
華やかな歌舞伎の舞台に居続けることができなくなる。
地方の旅館やあらゆる場所で「どさ回り」をする。
ポンコツ車に衣裳と小道具を積み、踊って演じて、日銭を稼ぐ。
普通の職業のように、転職して食べていくのではなく。
あくまで芸という仕事で、辺境まで流れていきます。

片方は「血筋」という、絶対的保証があり、
片方は「天賦の才」という、これまた持って生まれた絶対的なものがある。
でも運命は順風満帆に、二人を運んではくれない。

職業選択の自由という現代、あえて自ら「芸の道」を選択するという意味。
良い血筋でも、父の名代は継げないこともある。
俊介のコンプレックス。
実力があって名を継いでも、血という後ろ盾がなければ、命綱がない。喜久雄のコンプレックス。
二人とも役者である以上、役を貰えなければどうにもならない。
そしてそれで食べていかなければならないというのに、
それを考え出したら、芸など極められない。
家族を養うなど、至難の業。
むしろ家族全員で営む覚悟がいる。
ましてや人間国宝の称号なんて、頂ければ嬉しいだろうが、
それを目指して頑張るなど的外れ。
合格の基準があるわけではない。

一体どこを、何を目指して、芸を磨き続けるのか。

人間国宝・万菊の晩年。
それは喜久雄の晩年の投影でしょうか。
世俗的には、輝かしい称号。
しかし実際に世間からは幸せには見えない姿でしょう。
本当に一切、何も持たず、残ったのは芸だけ。
でもその芸すら、老いた体では、もう見せることはできない。

その時に、人は何を思うのでしょうか。
こんな時が来るとは。
無我夢中で忘れていたかもしれない。
いや、わかっていたかもしれない。
それでも歌舞伎が好きで、取り憑かれ、演じるしかなかった。
もっともっと、芸を深めたい。
止めたくても止められない。

それはある意味、自分の中の「自然」に突き動かされ、溢れ出すもの。喜久雄はどさ回りで荒れた暮らしをしている時でも、舞台が終わればビルの屋上で、また舞っている。
その姿は常軌を逸しており、恋人・彰子からももはや理解されない。
喜久雄本人すら、わからない。

稀人(マレビト)とよばれる存在は、異郷からやってきます。
外からやってくる存在によって、
生物学的血筋だけでは閉塞し衰退する集団に、新しい息吹とエネルギーをもたらす(厄災も同時に)。
芸道の世界もまた、いつの時代も、稀人を受け入れてきました。稀人の持つ、血に頼らない、純粋に芸のみの持つ力。
喜久雄は禍福をもたらす稀人。
それは「血」の正統をおびやかすと同時に、「芸」の正統を保つ要と言えるかもしれません。

吉沢さん、横浜さんはもちろんのこと、その他の役者さんが全てハマり役。
高畑充希さん演じる、喜久雄の恋人・春江。
なかなかに不気味です。
辛抱強く、日陰の身を引き受けるようで、運は逃さず俊介に鞍替えし(言葉が悪くてゴメンナサイ)、梨園の妻、そして後継の母になる。まさしく女の花道に躍り出る。善悪を超えたしたたかな生き様は、共感できるとは言い難いけれど、心に残ります。このような存在もまた、歌舞伎が続いていく一役を担っている。李監督はいつも、きれいごとにはしないヒューマニズムを描こうとされていると感じます。

xmasrose3105
xmasrose3105さんのコメント
2025年7月11日

ひな様、
初めまして、コメントありがとうございます☺️噂にたがわぬ名作でした、もう一度観に行こうと思っています

xmasrose3105
ひなさんのコメント
2025年7月11日

xmasrose3105さま、初めまして🙂

>稀人(マレビト)とよばれる存在は、異郷からやってきます。
外からやってくる存在によって、生物学的血筋だけでは閉塞し衰退する集団に、新しい息吹とエネルギーをもたらす(厄災も同時に)。
芸道の世界もまた、いつの時代も、稀人を受け入れてきました。稀人の持つ、血に頼らない、純粋に芸のみの持つ力。
喜久雄は禍福をもたらす稀人。
それは「血」の正統をおびやかすと同時に、「芸」の正統を保つ要と言えるかもしれません。

長い引用をしてしまいましたが、「稀人」の存在から「血」と「芸」の正統に迫る考察、とても興味深く読ませていただきました🤔

喜久雄という一人称で描かれた作品を、完全に俯瞰する新しい視点を感じました🧐

この映画の私のベストレビューと巡り会えてうれしいです、フォローさせていただきました🫡

ひな
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