劇場公開日 2025年6月6日

「関の扉に始まり鷺娘で幕が閉まるから」国宝 talismanさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0関の扉に始まり鷺娘で幕が閉まるから

2025年6月6日
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鑑賞方法:映画館

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歌右衛門(六代目)から玉三郎までの代表的な美しい女形を辿る芝居だった。田中泯演じる万寿はおどろおどろしく、闇の底から出てくるみたいで大昔に見た歌右衛門みたいに怖かった。美しい女形は年取ると性別を超越する、それを田中泯は素晴らしく演じていた。

話の中で特に重要な芝居が「曽根崎心中」なので、近松を復活させた上方歌舞伎の坂田藤十郎の息子の雁治郎が歌舞伎指導&出演で関わり、その息子である女形の壱太郎くん(吾妻徳陽)も日舞指導を担当していたのはよいと思った。壱太郎くんは踊りも鼓も上手いし、同世代の若い人達同様に広範囲に活躍している。今回も歌舞伎役者としての肥やしになったろう。

吉沢亮の顔の美しさには陶然となった。白塗りに紅があれほど映えるのは天性(レスリー・チャンと同じ)、顔アップの多用に納得する(国宝になってからの鷺娘では、首の縮緬皺や手の甲の皺が積み重ねた年月を表してよかった)。因縁の「お初」を横浜流星、徳兵衛を吉沢亮が演じる舞台は涙なくして見ることができなかった。お初が徳兵衛の覚悟を自分の足で確かめるのが見せ場の芝居。文楽では女形のお人形に足はないが、お初の人形には足がつく。そのお初を左脚がない半弥(流星)が演じるだけで凄かった。道行きではお初が主導する。お初が先に進み徳兵衛を引っ張るような感じなのに、右足も壊死しているお初・半弥が花道で倒れ前に進めなくなった時、どうなるのか心臓がバクバクした。にも関わらず、心中場面も続けてやると言う徳兵衛・吉沢亮、師匠に続けてライバル・親友も失うことは分かっていたろう。

「壊死」で、幕末から明治まで活躍していた美貌の女形の三代目田之助について読んだことを思い出した。田之助は壊死で四肢切断しても舞台に出続けていたが廃業し33才の若さで亡くなったという。血の繋がりは顔かたちや体型や声だけでなく、病も遺伝するとしたら堪らない。芸は血の繋がりというより、生まれた時から親と全く同じ環境の中で生活し呼吸し見て聞いて育つことを言っているのだと思う。血筋があっても芸や踊りが下手な役者さんは沢山いるし、部屋子さんで素晴らしい踊り手でいい芝居をする美しい歌舞伎役者も沢山いる。歌舞伎の世界で血筋のことばかりいうのは一体いつからなんだろう?

歌舞伎興業を担当する竹野を演じた三浦貴大、若い時から重役になるまで、ぽろっとした台詞の一つ一つがよかった。彼と吉沢亮が絡むシーンがもっとあったらと思った。

汗と涙で顔のお白粉と紅がぐちゃぐちゃになるシーン。こんなことは歌舞伎役者はできないし、やってはいけないだろう。私達が歌舞伎役者に求めるのは、儚くて現実離れした風景なのだから。

おまけ
1)父親=大旦那が亡くなった途端に跡継ぎの立場の人間を孤児状態にする歌舞伎の世界ってなんなんだ?と思う(大きな○○屋であっても大旦那を亡くしたら先輩方に頭を垂れて教えを請わなくてはダメだ)。年老いた大旦那の課題はただ一つ:歩くことも踊ることも立つことも座ることができなくなっても生きながらえること、跡取り息子&孫息子の為に。そんな家庭内興業の歌舞伎、いつかは滅んでも仕方ない。「血統」という幻想が日本の芸能界や政治の世界で幅をきかせている以上は。
2)原作を読んでいないのでごめんなさい。歌舞伎役者は踊りの稽古が何より大事。加えて鳴り物や三味線、「阿古屋」を演じることが嘱望されている女形(でなければ女形の国宝にはなれないと思う)ならお琴と胡弓のお稽古場面も見たかったと欲が出た。
3)半蔵門にある国立劇場の楽屋入口が映った。正倉院を模した美しい建物をなぜ壊すのだ?建て替え工事を請け負う業者も決まらず使わないままでいたら、建物によくないと思います!エレベーターもエスカレーターもある劇場なのだから、楽屋と舞台関連だけリフォームすればいいのでは?文楽、通し歌舞伎、踊りや長唄の会、落語会に多大な損害を与えています。文化と歴史と教育に無関心でお金を使わない国に嫌気がさします

talisman
グレシャムの法則さんのコメント
2025年6月8日

はい、怒りが収まらない時はどんどんガス抜きしてください。
私で良ければいつでもお気軽に!

グレシャムの法則
グレシャムの法則さんのコメント
2025年6月8日

専門家のようなレビューに感服!
歌舞伎を見たことがない自分にとっては、慣れないクラシックのCDを買った時に読んだ解説のようです😭
国立劇場のことも知らなかったのですが、文化や芸術や古典芸能や基礎研究の世界にも効率やコスト削減というモノサシが幅を効かせるようになってしまったのだと思います。
短期的な視点で、成果(黒字)が出せない分野に回す予算はない、という官僚が芸術や大学の基礎研究の予算をカットしてるのかもしれません。

グレシャムの法則
Bacchusさんのコメント
2025年6月7日

そうなんです!この人はどうなった?が気になる人物が多いので、人物の描き方は魅力的なのに、それがことごとく投げっぱなしな感じがしてしまったんですよね。

Bacchus
TSさんのコメント
2025年6月7日

コメントバックありがとうございました!
原作小説(文庫版)の下巻最後に素晴らしい解説があり、そこに阿古屋についても書かれてました。戦後、六代目歌右衛門と玉三郎しか演じなかった阿古屋を継承すべく、玉三郎さんが中村児太郎、中村梅枝のお二人に稽古を付けているようです。

TS
ゆきさんのコメント
2025年6月7日

おはようございます。
talismanさんは歌舞伎にもお詳しいのですね!
レビューに驚嘆です。
私もレスリーチャン連想しました。
talismanさんも触れていらして嬉しい!
レベルアップした気持ち(^。^)b
特におまけ3には共感の嵐!
国立劇場、閉場から1年半以上?経ちますよね。
伝統文化への国の理解の乏しさを痛感します。
このままでは日本の伝統文化へ関わる全ての人々にとって(ファンにも)大きな損失になりますよね。
文化庁には一刻も早く整備計画を進めて頂きたい。
吉沢亮さん、流星君、田中泯さん、とてつもなかったです。

ゆき
TSさんのコメント
2025年6月7日

共感ありがとうございます。
今回も、広い見識と鋭い視点に脱帽のレビューでした。

おまけ2)で「阿古屋」に触れられていますね。流石です。
原作には阿古屋を演じる場面が出てきます。それも相当重要なシーン。原作ネタバレになるので詳しく書けないんですが、映画で「阿古屋」を出さなかった理由は、役者(吉沢君)のキャパをオーバーしてしまうことと、そもそも原作小説の阿古屋シーンを映像化することが無理(下手すると映画自体が台無しになるリスクがある)為だったと素人ながら勝手に解釈しています。観たかったけど、出さなくて正解だったのではないかと今、思っています。

原作が長編大作すぎて、重要人物が完全に消されていたり、脇役達に纏わるエピソードが大胆カットされて薄味感は否めないんですが、原作既読でも、未読でも、1つの映画作品として、とても完成度の高い作品だと思いました。

長文失礼しました。

TS
NOBUさんのコメント
2025年6月7日

度々・・。
単衣の大島紬に半幅帯で鑑賞。格好良いなあ。私もいつか・・。では。

NOBU
NOBUさんのコメント
2025年6月7日

おはようございます。
 流石、talismanさん。凄いレビューですね。歌舞伎お詳しいのですね。私は、昔読んでいたある作家の作品群のお陰で、ギリギリついて行けました・・、が女性陣達をもう少ししっかりと描いて欲しかったかな、とは思いました。ではでは。良き週末をお過ごしください。

NOBU
かもしださんのコメント
2025年6月6日

talismanさん
共感、コメント、ありがとうございました。
あのシワには鳥肌が立ちました。
仰る通り、喜久雄の人生を感じ取れる重要な要素だったと思います。

かもしだ
あんちゃんさんのコメント
2025年6月6日

共感ありがとうございます。永六輔の「役者その世界」なんかを読むと昔はやくざ者上がりの役者なんかは幾らでもいたようですね。確かに血筋一本になってしまったのは何時からでしょうか?

あんちゃん
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