「駒音に耳を澄ませば」盤上の向日葵 ジュン一さんの映画レビュー(感想・評価)
駒音に耳を澄ませば
『柚月裕子』による原作は、文庫版では上下巻の長編。
それを120分尺に纏めているので、
かなりの省略がある。
が、大胆な整理を施したことが、
逆にテンポの良さを生んだ。
とりわけ事件の発端から
容疑者に辿り着くまでの流れはリズミカル。
とんとんとんと進み小気味良い。
その分、後半部での主人公の過去描写に
多くの時間を割けるようになり、
彼の背負って来た宿縁の重さが見事に立ち上がる。
諏訪湖畔の林野で身元不明の死体が発見された。
現場に残されていた希少な将棋の駒を手掛かりに
警察は捜査を進める。
やがて線上に浮かんできたのは
将棋界のホープ『上条桂介(坂口健太郎)』。
幾人かの関係者にあたるうちに、『上条』の生い立ちや過去が
事件に密接に繋がっていたことが次第に明らかになる。
予告編から想起した〔砂の器(1974年)〕との違いはどうだったか。
プロットの面では、やはり近似。
ただ、先の作品は、「病」による差別と偏見を、
「宿命」との言葉で表しながら、
純粋な推理モノとしての側面が主線。
犯人を追う二人の刑事にスポットが当たり、
社会の悪習を糾弾するよりも
謎を解き、犯人に迫って行く過程が手に汗握らせるミステリー。
翻って本作、やはり年かさと若い刑事のコンビが狂言回しではあるものの、
捜査の過程はあくまでも補助線。
主人公の心情を描くのに、より多くの比重を割くヒューマンドラマ。
「病」を「血」に置き換え、
やはり逃れられない「宿命」を強く打ち出しながら、しかし、
最後に鑑賞者に提示されるのは
単なる悲劇ではなく光明だ。
印象的なのは「音」の使い方。
わけても、ぱちんぱちんと響く駒音は
文字だけでは表現できない妙味。
都度都度の駒音は、
シーンに応じた簿妙な違いも紡ぎ出す。
対峙する対局者の胸の内を表現するように。
ベランダに立つ主人公が、
部屋の中から聞こえる盤に並べる駒音に
正気を取り戻す場面が特に胸に響く。
向日葵の花言葉は
「あなただけを見つめる」「情熱」「憧れ」「光輝」とされている。
咲き誇る黄色い花が太陽の方向を追うことが由来らしいが、
本作では打ち付けられる駒音に関係させているよう。
主人公にとって将棋は生きて行くための糧であり、
生命を象徴する存在として鮮やかに踊り出る。
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