「「砂の器」の本歌取りは成功したか?」盤上の向日葵 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)
「砂の器」の本歌取りは成功したか?
柚月裕子先生の同名小説を原作とした映画作品でした。柚月作品といえば、何といっても不朽の名作『孤狼の血』が思い浮かびますが、本作の舞台もおおむね『孤狼の血』と同じ1990年前後。どちらも刑事が登場する点では共通していますが、あちらが正統派のヤクザ映画であったのに対し、本作は、悲しい生い立ちを背負った主人公・上条桂介(坂口健太郎)の過去をたどりながら、殺人事件の真相に迫るヒューマンサスペンスとして描かれていました。
まず、多くの方が指摘されているとは思いますが、本作は明らかに『砂の器』の本歌取りだと感じた点から。悲しい生い立ちを持つ男が主人公という構造がまさに共通しており、野村芳太郎監督版『砂の器』で言うならば、坂口健太郎演じる上条は、加藤剛演じる和賀英良に重なります。ハンセン病の父(加藤嘉)を持ち、幼少期に過酷な境遇を生き抜いた和賀。一方本作では、父親(音尾琢真)からのDVや育児放棄に苦しみながら育った上条。いずれも類まれな才能を秘め、和賀はピアノ、上条は将棋の世界でその才を発揮していきます。父親に対して複雑な感情を抱く点も共通しており、和賀がその想いを自曲「宿命」に託して表現したように、上条もまた、暴力を振るう父から時折もらった飴玉を大切な思い出として胸にしまっている姿が印象的でした。いずれも胸を打つ筋立てであり、本作の根幹をなす重要な要素だったと感じます。
さらに、殺人事件を追う刑事コンビも『砂の器』との相似が見られました。本作では、ベテラン刑事の石破(佐々木蔵之介)と若手の佐野(高杉真宙)が全国を奔走して捜査にあたりますが、これはまさに「砂の器」における今西刑事(丹波哲郎)と吉村刑事(森田健作)の関係を想起させました。なお、小日向文世演じる元教師の唐沢、渡辺謙演じる”鬼殺し”の東明、音尾琢真演じる上条の父親といった人物たちは、『砂の器』における緒形拳演じる三木の要素をそれぞれ部分的に分担しているように感じられました。
このように、『砂の器』を彷彿とさせる構成で描かれた本作ですが、欲を言えば、劇伴をもう少し効果的に使って欲しかったという思いも残ります。『砂の器』では、クライマックスの演奏シーンで和賀作曲の「宿命」が流れる中、彼の人生が走馬灯のように映し出される印象的な演出がありました。一方で本作の主題歌はサザンオールスターズの「暮れゆく街のふたり」。非常にいい曲ではあるものの、フルコーラスで流れるのはエンディングのみで、途中に桑田佳祐のハミングらしきものがわずかに挿入される程度でした。脳が『砂の器』一色に染まっていたので、本作の静かな音設計がやや物足りなく感じられたのは否めませんでした。劇中でもう少し桑田さんの楽曲を印象的に用いれば、より深い余韻が生まれたのではないかと、手前勝手な思いが生まれたところでした。
とはいえ、俳優陣の演技は圧巻で、物語への没入感も高く、間違いなく劇場で観る価値のある作品でした。
そんな訳で、本作の評価は★4.2とします。
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