「水際作戦」入国審査 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
水際作戦
円安が続く昨今、海外に出稼ぎに出る日本人が増えたせいか、ハワイで入国拒否された日本人女性観光客のニュースが話題になった。彼女は売春目的だと疑われたのだそうだ。
本作で主人公たちが体験する入国審査の実態はほぼ監督の実体験に基づくもので、作品を鑑賞した同じような体験をした移民の人々からも多くの共感を得たのだという。
携帯は厳禁。渡航目的の中に人と会う約束があればその相手に電話をかけて確認したり、プライベートなことでも根掘り葉掘り聞かれるという。
劇中でダンサーのエレナが踊ることを強要されたのも実際の監督の奥さんの話だという。
入国審査はいわば危険人物を自国に入国させないための最後の砦であり、大きな裁量を与えられている審査官たちは時には人権侵害すれすれとも思われる発言も行う。それは自分の職務に忠実なことの裏返しだとも言える。彼らにとってはこの不快感極まりない入国審査はただの日常業務でしかないのだ。実際に審査される側にしたら監督の言う通りトラウマになるのは必至だろうけど。
いま移民への排斥運動が巻き起こっている世界の現状において実にタイムリーな作品と思える本作。移民を取り巻く世界の現状がこの77分の上映時間にすべて凝縮されていたように思えた。
アメリカではいまそれこそトランプによる排外主義盛んな時期だが、アメリカの入国審査の厳しさはそれ以前から、すなわち9.11以降からだという。必ずしもトランプ政権による影響ではないのだという。
確かにそれは納得できるが、本作の主人公ディエゴはテロリストでもなければ犯罪歴もない普通の市民だ。しかし彼の過去の行いが審査官の目に留まり厳しい追及を受けることになる。
彼は客観的にどう見てもビザ取得のためにアメリカ人女性との偽装結婚を画策していた。しかし同時に交際していたエレナがグリーンカードを抽選で取得したのを機にその婚約を破棄する。偽装結婚を疑われるリスクよりグリーンカードの方が安全性が高いからだ。
パートナーのグリーンカード取得は法律婚を経ていなくとも自身もグリーンカードを取得できる可能性が高い。
もちろんビザ取得のための偽装結婚の疑い、そしてエレナとの関係もそうではないかというのは審査官たちの推測に過ぎない。偽装結婚については明らかに交際の実態もなく婚約してることからほぼ間違いないであろうが、婚約は破棄してるので偽装結婚自体は未遂である。その事情を加味してエレナとの交際、事実婚まで実体がないとは言えない。エレナとの交際の実態はディエゴの主観により判断されるべきものだからだ。
もし仮にビザ取得目当てでエレナに近づいていたとしても、半分はエレナに好意を抱いていたかもしれない。いや、たとえ彼の内心がビザ取得目的が90%、エレナへの愛情が10%だとしてもそれが事実婚の実態を否定することはできない。それを知ったエレナの気持ちは別だが。
まさにディエゴの違法性が証明困難なのは審査官もよく承知してるからこそ、彼らは別の方法でアプローチを続ける。
ディエゴの婚約の事実、彼の意図はどこにあるのか、それをエレナに知らしめて揺さぶりをかける。
当然この事実を知らされたエレナはディエゴを信じられなくなる。二人別々に尋問を受けたこの期に及んでさえディエゴは噓をついた。
エレナはディエゴに離れてベンチの席に座る。二人の関係は尋問を受けて壊れかけていた。
審査官が自国にとって不利益となる人物、その疑わしい人物を自国に入国させたくないという思いで日々職務についていると考えれば、二人のプライバシーを侵害して、二人の仲を引き裂くようなことまで許されていいものか。なんともこの辺の判断も難しいところではある。正直ここまで執拗に入国をさせないよう画策するのは度が過ぎているとも思える。この辺はさすがに映画的な脚色だと思いたい。しかし現にその広い裁量権から審査官による恣意的判断もなされるという。審査官によって入国が認められたり認められなかったりと。
そもそも自分が生まれた国で一生暮らしていけることはなんと恵まれたことなんだろうとしみじみ思う。
このディエゴの生まれた国ベネズエラは政情不安で、彼は一足先に自主的に国外へ脱出してるが、その後この作品の舞台2019年の時期に難民問題が発生し、ベネズエラはシリア難民に次ぐ数の難民を輩出する事態に。ディエゴ自身も本来ならば難民として保護されていてもおかしくない身分だった。
しかしニュースで報じられた通り現トランプ政権はTPS(一時保護資格)によりアメリカに保護された難民たちの資格を取り消し強制送還をする構えだ。彼ら難民がベネズエラの犯罪組織に属しているという理由で。しかし彼らが犯罪組織に属していることの証明はなされない。中には普通の人がエルサルバドルの悪名高いテロ犯専用刑務所に送られるケースもあったという。
自国から命からがら自由の国のアメリカに逃れてきて、九死に一生を得たと感じていたベネズエラ難民の人々にしたらたまったものではないだろう。
そんなベネズエラの人々の事情を考えればディエゴが何としてもビザを取得してアメリカへの移住を成し遂げようとした気持ちも理解できる。エレナもそれはわかっていたはずだった。
しかし彼女は噓をつかれたこと、同時進行で別の女性と婚約していた事実から自分への愛情は初めからなく、自分を利用していただけなのかと彼を信じられなくなる。それは致し方ないこと。
一旦離れた二人の距離が再び近づく。エレナはディエゴのすぐ隣のベンチに腰掛ける。彼女は彼を受け入れたのだろうか、それとも膝を突き合わせて今後のことを話し合おうと決意を固めたのだろうか。
その瞬間突然二人のパスポートに入国スタンプが押される。ポカンとするふたり、ポカンとする観客。今までの精神が引き裂かれるような苦行ともいえる審査は一体なんだったのか。
それはまさに審査官たちの日常業務の一端でしかなかった。ディエゴたちのこれからの人生を左右するであろう数時間が彼ら審査官たちにとっては。
入国が認められた二人。まるで台風が過ぎ去り、瓦礫の山に突然放置されたかのように。今後二人でこの瓦礫を修復していくのか、それとも修復はあきらめて別々の道を歩むのか。
本来人には移転居住の自由が認められる。それは何人だろうが人が保障されるべき権利だ。人は行きたいところに行けるし、住みたいところに住める。はずである。しかし現実にはその権利が保障されることはない。
国境という見えないバリアでそれぞれの国は自国を守っている。それは逆に見れば他国からの救いを求める手を振り払うことにもつながる。
人道的考えから欧州諸国は移民難民を多く受け入れてきた。いまそのバックラッシュがおきて移民排斥が起きているという。不思議なことに難民をほとんど受け入れてこなかった日本でも外国人バッシングが起きている。これは欧州諸国とは違いその閉鎖性からくるものだろう。日本人のパスポート取得率は極端に少なく内向きな姿勢がさらに加速して排外主義に走ってるようだ。
どちらにしろ移民政策は確かに難しい。だが、自国の不具合をなんでもかんでも移民のせいにするのはいかがなものか。移民が自国の文化やアイデンティティを損ねるという意見もあるが逆にそれらを強化することにもつながるという意見もある。経済面も同様に。欧州諸国は戦後に労働者不足を移民に頼ってきた歴史もある。
アメリカも建国以来移民が多く流れ込んでそのおかげで今の繫栄がある。トランプもイーロンも移民の子孫だ。
本作でディエゴたちを尋問するのがラテンアメリカ系の審査官。ドミニコ出身だからスペイン語も流暢だ。彼女は同じラテン系のディエゴにあえて厳しく接する。
移民としての自分が排除されないためにアメリカへの忠誠心を表してるのだろうか。日本でも外国人差別してるのが外国にルーツを持つミックスの国会議員だったり、外国人タレントなのが目立つのもそういう事情があるのかもしれない。
あと、入国審査がなされてる空港建物内で終始内装工事の音が鳴り響いていたのが印象的。最初はそれこそ映画館の建物が工事をしてるのかと後でクレーム入れようと考えてたら、劇中の音で安心した。
その音はディエゴへの尋問が佳境に近づくと会話もできないくらいの騒音に。これは何を意味してるのだろう。入国審査をしている建物がいまだ建築途上ということで体制の不完全さ、未熟さを表しているのだろうか。
77分の間、とにかく息をするのも忘れてスクリーンにくぎ付けになることができた。想像していた通りの内容だけど、尋問の様がリアルで本当に自分が主人公たち同様に尋問を受けてるかのような嫌な思いが出来る、なんとも貴重な体験ができた作品だった。そして監督が脚本段階から決めていたラストがあまりにも秀逸。
あ、え!?終わった!というぶった斬りエンディングを久しぶりに体感し、満足でした☺️映画を見慣れていない頃の自分だったら、この後どうなるのかも見てみたいと思ったに違いありませんが、ここで終わるのがオツだと思いました。
レントさん、コメントありがとうございます!日本のパスポートは世界一信用度が高いと言われていても、本当かなあ、ですね。週何回かという質問は日本人にとっては有り得ないですよね。でもある友人(ドイツ人)によると、そういう質問は全くOKだが、月収(年収)はどんなに親しい友にも聞いてはいけない、と言われました。日本と異なり横並びでないからでしょうか。でもいまは昔、ドイツがどうなっているかわたしもよくわかりません


