「必要な施しと過剰な応援との間にある温度差とは何だろうか」ハロルド・フライのまさかの旅立ち Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
必要な施しと過剰な応援との間にある温度差とは何だろうか
2024.6.10 字幕 MOVIX京都
2022年のイギリス映画(108分、G)
原作はレイチェル・ジョイスの小説『ハロルド・フライのまさかの旅立ち(The Unlikely Pilgrimage of Harold Fry)』
旧友に言葉を伝えるためにイギリスを縦断する老人を描いたロードムービー
監督はヘティ・マクドナルド
脚本はレイチェル・ジョイス
原題の『The Unlikely Pilgrimage of Harold Fry』は、「ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅」という意味
物語の舞台は、イギリス南部のキングスブリッジ
そこに妻モーリーン(ペネロープ・ウィルソン)と住む高齢のハロルド・フライ(ジム・ブロードベンド)は、数十年前に交流のあったクイーニー(リンダ・バセット)から手紙をもらった
差出元はイギリス北部にあるホスピスからで、彼女はそこで予後を過ごしているという
ハロルドは何を書いてよいのかわからず、妻は「思いついたことを書けばよい」と素っ気ない
とりあえず手紙の体裁だけを整えたハロルドは、その手紙をポストに入れようと思っては辞めるという行動を繰り返して、とうとう町の郵便局まで来てしまった
一息つこうと、向かいの雑貨店に入ったハロルドは、そこにいた青い髪の店員(ニーナ・シン)から「祖母の話」を聞かされる
ハロルドは何かを思い立ち、ホスピスに電話をかけて、「ハロルド・フライが今からそこに行くと伝えてくれ」と言って、何の用意もせずに歩き始めた
妻に連絡をいれるものの、「800キロを歩く」という意味のわからない申し出にあきれ返られてしまう
だが、妻とクイーニーにはある過去があり、夫に捨てられるのではないかと畏れてしまうのである
映画は、ハロルドの無謀な挑戦を描き、その道中でたくさんの人に助けられて「歩いていく」様子が描かれる
カフェで身の上話を聞かされたり、牧場で亡き夫の話を聞かされたりする中で、ある男が写真を撮ったことで、SNS上でバズってしまう
ヤク中の若者ウィルフ(ダニエル・フロッグソン)が「一緒に歩く」と言い出したり、ヒッピーの集団に囲まれたり、挙句の果てには「巡礼Tシャツ」を作って一大ツアー状態になってしまう
そして、旅の速度は落ち、当初の予定が大幅にズレてしまうのである
物語は、闊歩するハロルドと対象的に、気が気でないモーリーンの様子が描かれていく
かつて、クイーニーは町を出るときにハロルドに会いに来ていたが、モーリーンが会わせなかった
さらに彼女から預かった伝言を今もなお伝えていなかった
モーリーンはハロルドとクイーニーが不倫関係にあると思い込んでいたのだが、実際には「息子デヴィッド(10代:ブラッグストン・コロディー、成人期:アール・ケイプ)の死の際に荒れたハロルドの失態を被った」ことで、彼女は会社を辞めるハメになっていた
クイーニーはハロルドを失職から救った恩人であり、そして彼女の伝言は「あの時のことは後悔していない」というものだったのである
映画は、イギリスの色んな景色が堪能できるロードームービーだが、ハロルドたちが抱える問題はかなり重い
ドラッグの後に自殺したはずの息子を街角で見たりと、ハロルドの疲労が蓄積するたびに過去の怨念に囚われていく
そして、ようやくクイーニーに会えたというのに、彼女の認知症は進んでいて、ハロルドのことを思い出せなくなっていたのである
過去を振り返る旅の中で、心残りがハロルドを抉っていくのだが、これらのミステリー要素が結構ハードなので、意外なほどに疲れる映画になっている
過去を抱えていない老人などいないのだが、仕事に没頭して向き合わなかったことで刻まれたものは、自分を正当化してきた分だけ深くなってしまう
それゆえに、同じ境遇に思えるウィルフに肩入れしてしまうのだが、彼すらも救うことができなかったのは現実的だなあと思った
いずれにせよ、サラっと観られるコミカルな映画だと思ってみると心にズシンと来てしまう内容なので、心して鑑賞した方が良い作品であると思う
親切にしてくれる人はすべて、ハロルドと同じくらいの過去を背負っていて、それゆえに同調し手を差し伸べていくのだと思う
ハロルドの行動は過去を清算したりはしないのだが、必要な施しをして見守ることの意味は大きい
ヒッピー集団や、ハロルドとの旅に意味を求めようとする若者とは対象的になっているので、その温度差を体感するには良い内容ではないかと思った