35年目のラブレターのレビュー・感想・評価
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心ほっこり、少しの寂しさを感じさせる映画です。
文盲の夫の手となって文字を書いてきた妻。
二人の世界観が出来ている中で、ラブレターを書こうと決心し、努力を重ねる中、完結しないまま妻に先立たれるという悲しさ。
愛する人に紡ぐラブレター、凄く心に染み入る物語でした。
スープお好きなんですね(笑)最高です。
いい映画を観せてもらいました
お一人様にも中高生にも
お決まりだけど泣けた
邦画の泣ける映画の展開を裏切らない内容で、「やっぱり死んだかぁぁぁぁあ」ってなったけど、やっぱり泣けた。
夜間学級で、同級生がどんどんと卒業していく中自分だけ在校生として残り続けるのはきっと、とても苦しかったし情けなかっただろうな。
夜間中学に通う生徒たちとの交流が素敵だった。
原田知世よりも
管理教育の「功」の一面も垣間見せる
教育レベルの低さから字が読めない人を指す言葉に「文盲率」というのがあります。
日本でも、江戸時代などは読み書きができたのは武士や僧侶などの知識階級だけで、庶民一般は文盲だったのが普通のようですし、明治期に入っても女性には、とくに高等教育の機会が与えられなかったことから、日常の読み書きも十分にはできない人が多かったと聞き及びます。
それが、今(令和)の日本では、インターネットが爆発的に普及するなど、この文盲率の低さ(識字率の高さ)には、日本の教育制度が大きく貢献してきたことに、疑いはないこととも思います。
(ただし、無戸籍の故に就学していない人は、そもそも識字率の調査からも漏れているのではないかとも思われ、文部科学省が発表している日本国民の識字率99%(調査の結果で文盲の人が把握できなかった場合は、統計上は99%とするらしい)は、それを割り引いて考えなければならない?)
つまり、いくらIT技術・通信技術が進歩しても、ウェブサイトに書かれている文字が読めないのでは、インターネットの有用性も半減してしまうことでしょうから、インターネットの普及は、=識字率の高さ、文盲率の低さを意味していると言えることでしょう。
いわゆる「管理教育」として、日本の…とくに義務教育諸学校の教育は、文部省(文部科学省)が決めた学習指導要領にもとづいて、学習指導要領に書かれていることだけが「正解」とされる教育で、個々の子どもの個性や創造性は少しも顧みられていなかったという批判は、評論子も正当とは思うのですけれども。
(「雪が融けたらどうなるか」という教師の問いに「水になる」と答える子は優秀として評価されるが、「春になる」と答える子は、「異端児」「どうしようもない子」として、一人前の扱いを受けないことにも例えられます)
反面、別の意味ではその初期の目的どおりに、子どもたちの学力を効率的に引き上げ、現代の驚異的ともいえる(?)識字率の高さ、文盲率の低さに大きく貢献した賜物であることも、また間違いのないことだったも思います。
そして、背景には高度経済成長を控えた当時の日本で、全国的な規模の企業を経営する大企業にとっては、どこの都道府県で募集しても、ほぼ均質な労働者を採用できるようになったということでは、「管理教育」は、とてもとても便利で有益な仕組みだったことにも、疑いはないこととも思います。
一方で、別作品『スーパー30 アーナンド先生の教室』のように、子どもたちがもともと持っている内発的な知的好奇心を高めることで、その学力を伸長させることが、教育としては本筋だったのではないかと考えてしまい、どうしても割り切れないものを、そこに感じてしまう評論子ではありました。
本作の背景には、そんなこんなの事柄が見え隠れするにしても。
ともあれ、一本の映画作品としての本作には、とある夫婦愛を見事に描いたものとして、佳作だったと、評論子は思います。
(追記)
子どもの識字率を大きく引き上げたことがわが国の教育制度の大きな「賜物」であることは 前記のとおりですけれども。
そのほかにも、均質な労働者の育成という点でも、功績が大きかったのだろうと思います。
そのお陰様をもって、全国的な規模で事業を営む経営者は、どこの都道府県で募集しても、学力という点では、そんなに差異のない労働者を大量に採用することができ、そして、そういう労働力がこの国の高度経済成長を支えてきたことは、疑いようもない事実だったことでしょう。
そう考えみれば、もう、高度経済成長などは「夢のまた夢」(経済成長を二度経験した国は、いまだかつて存在しないと聞き及びます)になったこの国では、上記のような教育観はまったくナンセンスで、これからは、本当に個々の子どもたちの個性や創造性がより重視される教育に変わっていくのではないでしょうか。
そうあってほしいものですし、そうでなければならないと信じるのも、独り評論子だけではないとも、評論子は思いました。本作を観終わって。
(追記)
〈映画のことば〉
辛いことでも、ちょっとのことでも幸せになる。
もともとは、皎子が、保の書いたラブレターの誤字を指摘したセリフでしたけれども。
「言い得て妙」の一言(ひとこと)だとも思います。
世知辛いことも多い浮世ですけれども。
こんなふうに考えることが、もしできたら、ちょっとだけでも生きやすくなるのかも知れないとも思いました。
(追記)
若かりし頃の保・皎子夫妻の部屋にあったポータブルの石油ストーブは、アラジン製のもののようでした。
もともとはイギリス製のもののようでしたけれども。
燃焼時の青色の炎が象徴的で、当時は「ブルーフレイム」というような愛称で人気があったように記憶しています。
画面の中で思わぬ懐かしいものを見かけて、ちょっと嬉しい評論子でもありました。
(追記)
保から、文字で苦労をかけた妻に文字でお礼をしたいので、ラブレターを書きたいと告げられたシーンでの皎子(原田知世)の表情が、評論子には、忘れられません。
驚いた反面、すぐに嬉しさが滲み出たことがありありと伝わる、素敵な表情で、ある意味、本作の感慨のすべてを、それだけで表現していたようにも思います。
女優・原田知世としての名演技だったとも、評論子は思いました。
「たこ焼き」
キャスティングが気になって
いい映画でした!
美しい心、優しい気持ちが、胸を打つ
とても良かったです。
鶴瓶さんの読み書きの出来ない夫を、疎むことも軽蔑することもせず、
夫の生い立ちを優しく肯定して支える妻の原田知世。
しっかり者で美しく見事でした。
日本人で読み書きができない人が150万人もいる・・・
この映画の紹介を読んで、
《読み書きの出来ない大人の話し》
私は今どきそんな話があるの?
と懐疑的でした。ところが150万人も‼️
そういえば戸籍が無くて学校に通ったとのない子供が
かなりの数、存在する・・・と以前に問題になりましたね。
そんな子供たちは当然《読み書きが出来ない》かも知れません。
自分の周囲だけで、世の中を知ったつもりになっていた自分を
反省しました。
寿司職人の鶴瓶さんは、定年になってやっと夜間中学に通い出します。
でも本当にすぐになんか勉強を覚えられませんでした。
若い頃の2人を演じた、上白石萌音と重岡大毅も良かったです。
読み書きが出来ない・・・と、中々言い出せない保。
決してプライドを傷つけずに、優しくサポートする姣子(きょうこ)
一番良かったシーンは、保(鶴瓶)が姣子(原田知世)の死後、
タイプした保当てのラブレターを読むシーン。
「俺は読めた‼️」と感動するシーンです。
自分の気持ちを書くことはもちろん大事ですが、
相手の気持ちを文字から読み取ること。
これぞ学習であって、学んだからこそ文字の中から
京子の気持ちを読み取ることが出来ました。
これこそが“知性“です。
会話の中では十分に果たせない領域だと思います。
保は姣子の細やかな本心に触れて、救われるのです。
読書そして勉強(つまり学校教育)
その必要性を強く感じる映画でした。
人の心を思いやるために、
学問があるのですね。
そんなことに“気付く“
素敵な映画でした。
35年目のラブレターを書いたのは、実は
奥さんの姣子さんの方でした。
2回見ました
たこ焼きめっちゃ食べたくなる!!
たこ焼き1個の怒り
この手の実話ベースのお涙映画は正直あまり
タイプでは無いのですが評価点数が、いつまでも
高いので、試しに見てみました。
悪くはありませんが・・グッとはきますが
泣けませんでした。私は伝わって来ませんでした
→
自分の名前位は漢字を真似れば書けるのでは?
たこ焼き1個多い位で怒り過ぎなのでは?
原田知世と上白石萌音は良かった
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