「物語を産む人」Shirley シャーリイ うぐいすさんの映画レビュー(感想・評価)
物語を産む人
夫の上司の妻で有名作家であるシャーリイの家政婦を勤めることになったローズの目線で、シャーリイの新作執筆風景を覗き見る物語。シャーリイ・ジャクスンは実在の作家で、本作は彼女の伝記作品という触れ込みである。
劇中のシャーリイの人物像や創作スタイルには彼女の作風が投影されている。本編が進むにつれ、ハイマン家の生活を映すシーンに、徐々にシャーリイのインスピレーションが独り歩きした幻想やローズの妄想が挿入されるようになる。ローズの生活感あふれる新生活の物語が虚実入り混じった世界観に変わる中で、シャーリイの人物像の輪郭は不確かになっていく。
ぼかされているとはいえ、子供や女性が持つ神秘的な感性に着目した人物造形や怪奇派の作風を持ち味にしていたせいで、こんな人物として描かれたらたまらんなぁ、というのが第一印象だった。
本作は私的な記録や夫スタンリーと交わした書簡をもとに書かれたシャーリイの伝記作品を原作としており、教師と教え子の関係から始まりプロデューサーと作家の関係を兼ねる独特な夫婦関係の造形は原作に由来するようだ。シャーリイの人柄にせよ夫婦関係にせよ虚実の境目はわかりようがないし、役者が役と素の人柄を混同されるように作家の人格が作風と混同されるのも珍しいことではないのだが、どうにも人物や人間関係の極端さが気になってしまい、自分には『実在人物の伝記作品』という触れ込みが少々ノイズになった気がする。
ミステリアスな世界観やクリエイターのエゴイズム、女子トークによるエコーチェンバーの描き方は面白かった。
本編はローズが巣立つところで終わるが、予告が言うところの『魔女の毒』を得たローズの今後が不安になった。シャーリイは作家として『ハイマン夫人』以外の地位を築いているからこそ『魔女』でいられるが、武器を持たないローズのことを思うと、学部長夫人がパーティでシャーリイへ投げつけた言葉が頭を過った。
オデッサ・ヤングの、ありふれた新婚のお嫁さん・シャーリイのインスピレーションのアイコン・魔女の弟子としての顔を演じきったエネルギーを讃えたい。
クライマックスのタマヒュンシーンはスクリーンで観てよかったと思う。ロケーションの解放感、産毛まで捉えるライティング、2人の表情…これらを最大限堪能できるのはスクリーンの没入感あってこそだろう。