「表現者として覚悟を持つのであれば。」先生の白い嘘 BDさんの映画レビュー(感想・評価)
表現者として覚悟を持つのであれば。
まずはじめに、私は原作のファンですし原作者のファンです。
安易な原作比較論はどうかな、と思っていますし、こんなの⚪︎⚪︎君じゃない〜、みたいな批評はそこまで好きではありません。
ただ、見て感じたのは、この作品は漫画ならではの描写の侘び寂びの上に乗っかっていた部分が大きいのかなと思いました。
鳥飼茜さんの作品は、社会的でビビッドなテーマを扱いながらも、出てくる人間が全員ある種の狂気を身に纏っており、欲望に忠実で、でも心はいつも葛藤している。だからこそ人間的で、そこが魅力だと思ってます。
社会的にビビッドな問題というのは、単純な善悪論で片付けられるものではないからこそ社会的にビビッドであり、人間の抗えない業やホンネに密接に結びついているものだと思います。(簡単に解決できたら問題化してないですから)見方によっては露悪的にも思えますが、こと鳥飼作品においてはそこの繊細なニュアンス力が素晴らしい人間表現に繋がっていると思います。
今回の映画はとても迫力のある映画でした。特に、奈緒さんの前半から後半にかけての眼の力の変化は素晴らしかったです。終盤のシーンは単純に惹きつけられましたし、見に行った甲斐はあったと思ってます。
ただ、教条的に着地させたいのか、作家性を前面に出したいのかは不明瞭に感じました。その主因は早藤くんと美奈子さんの描き方かなと思います。
原作の早藤くん、正直もっと狂ってます。
基本的に原作は「目が死んでいる」んですよね。ゲス野郎には変わりないんですが、どんな悪事をやっても満たされることなど決してない。心の奥底ではそんな自分に病んでいる。そこにあるのは非人間的な「悪」ではなく、人間が場合によってたどり着いてしまうかも知れない「狂気」。だからこその最後の自首、破綻に繋がってくるんだと思うんです。今回の風間俊介演じる早藤くんは単なる「悪」で、奥行きに欠けるように見えます。人の心を持たない絶対悪がいきなり自分の所業を重く感じて懺悔する。スムースさを欠いた流れに見えました。
また、美奈子と美鈴先生の関係性もそうです。もう少しタメを効かせて欲しかったのは本音。こっちの言い分とか、話が全然通じない、コミュニケーションブレイクダウンと思っていた人間が、実は色んなことを分かった上でロールを演じているんだよ、と言う描写が、原作にあった大人の世界の奥深さだと思うんですよね。また、早藤くんに犯されることによって逆説的に美鈴が美奈子に対する優越感を得てしまうくだりも大事だったと思います。だから、その積み上げなく突然病室で美奈子と美鈴が「私のこと見下してたの?アハハー」という会話をしてしまうのは違和感ありました。見下していると断ずるに値する状況証拠が薄い。
監督がいらんこと言っていらんことで注目を浴びてる感もありますが、あえて言いますがこの内容だったらインティマシーコーディネーターをわざわざカットする必然性を感じません。表現者として時に「誰になにを言われても」信念、覚悟を貫かなければならない時があるのは理解します。しかし、それをやるに値するだけの表現になっていたかというと、私はそう感じませんでした。わざわざ大人の配慮を捨てたのであれば、それをする必然性を返して欲しかったのは本音です。狂気を描くのであれば描き切って欲しいし、教条主義をやるのであれば教え切って欲しい。それが中途半端なまま、ニュース性だけが先に立ってしまったのは残念でした。
結局、基準値が原作になるからこそこんな評価になるので、その意味では私も原作との比較はしてしまっていると思います。ただ、これは素直な感想。
辛口になってしまいましたが、迫力はありましたし、原作はもっと迫力あります。興味を持った人は原作をぜひご覧ください。
>kazzさん
共感、コメントありがとうございます。レビュー拝見してその通りだと思いました。
エッセンスとは何かという話ですよね。そこを汲み取って逆算した物作りさえ出来ていれば、こんなに取っちらからなかったと思います。極端な話全員別人であっても構わない(現実的にはないでしょうが)。
むしろ成功しているケースの方が少ないであろう難しい試みではあると思うのですが、やはりあえてこの漫画を映画にするのであれば、そこの汲み取りなくして成立しないと思うんですよね。
役者さんたちの力もあって、映像的な原作の再現力は高かったと思います。でも、それだけだったかな、と感じました。
私も、原作は原作で映画は映画で別物だという考えなのですが、とは言っても原作があって〝映画化〟なのですから、原作の何を映画にしようとしたのかというのは気になります。
あの絵をそのまま映像化した感じでしたが、もう少し中身が欲しかったですね。
>琥珀糖さん
初めまして!こちらこそ共感、コメントありがとうございます。
堕落論はまさしくその通りだと思います。こうするのが良い、適切である、でも人間を支配する「魂の声」は必ずしもそう叫んでくれないんですよね。
題材が題材なだけに元から致し方ない部分はありますが、作品の外でのニュースもあって、この作品を囲む論調が、これは良いこと悪いことの二元論により一層進んでしまったように見えるのは残念に思います。
原作面白いですので、もしお時間あれば!
はじめまして
共感ありがとうございます。
BDさんは原作漫画を読まれてるのですね。
私は、知らないながらも、力強い引力を感じて
惹かれる映画でした。
ここの心理がどうの、
ここでなぜこう行動するの?
と聞かれても自分でも、したい様にする・・・時があります。
このリアクションはダメだろうなぁ、と思っても
人間は理性ばかりでは行動しませんね。
この作品は美鈴と早藤の堕落と、そこからの出発・再生である
・・・BDさんのレビューを読み、そう考えるに至りました。
ある意味で「堕落論」、そんな気がしました。
>トミーさん
共感、コメントありがとうございます!
ゼリーはなかったかと思います。そもそも不同意性交のシーンで美奈子が買っていたのは原作では薬でした。わざわざ変えているところを見ると、キーパーツにする明確な意図はあったでしょうね。
ストーリー上の要点とメッセージは原作、映画共にそこまで変わらないと思っており、受け手に委ねる意図はなかったんだと思いますが、描き方かなと。映画版は伝えるのに必要な部品が欠損しているようなイメージでしょうか。とは言え、それでも単純明快なメッセージではないと思いますが。
共感ありがとうございます。
無料立ち読みで居酒屋のとこまで読んで止めてしまいました。そこまででも美奈子の軽薄さ(原先生はそう思っていた)は突出してました。勃たない彼も普通の彼女が居て(ここは気持ち悪かった)やはり全体的に観る側に委ねた部分が多かったんですかね。読んでないので解りませんが、ゼリーは結構カギだったんじゃ? 原作にも有りますか?
>ゆきさん
はじめまして!共感ありがとうございます。
またゆきさんのレビューも拝読させていただきました。
よく分からないと言う感想、よく分かります笑
結局のところ、人を描ききれてないということに尽きると思うんですよね。
原作においても特殊な人たちではあるんですが人間的である種チャーミングで実在感がある。
そこを抜きにして「はい、こう言う人たちがいます」という駆け足の説明になっている感じがし、そんな人たちが突然狂い出す、ような展開に見えました。ただ特殊というだけの記号になっている。これ初見の人ついていけるのかなぁと思いました。原作はその辺の機微が素晴らしいと思っているので、ぜひ二周目じっくり読んでいただけると嬉しいです!
はじめまして。
コメント失礼します。
原作ファンのBDさんのレビューを拝読出来て、本作への理解が深まりました。
鳥飼先生の本作に込めたメッセージを代弁して下さっているようで、とても説得力がありました。
美鈴と美奈子の関係性。。
思わず声が出ました。
私は作品の上辺だけしか読み取れておりませんでした。
疑問点の答え合わせが出来て、少しすっきりしました。ありがとうございました!