「奴らは何も奪えない。何も変えられない。Don't Look Back !!」ルックバック Piroshiさんの映画レビュー(感想・評価)
奴らは何も奪えない。何も変えられない。Don't Look Back !!
理不尽な暴力は何も奪えない
愛も情熱も絆も何もなくならない
なくなってたまるか。
苛烈な悲劇を通して、愛の実在を問いかける作品は幾多もある。
「ルックバック」はこう答える。
証明しないことが証明だ。
なぜなら、それがそこにあることは当たり前のことだからだ。
物語は二人の少女の小学生時代から始まる。
絵が大好きな藤野(河合優実)と京本(吉田美月喜)の二人は学級新聞の4コマ漫画を通じて知り合い、友達になる。
二人は協力して漫画を描くようになり、高校3年で連載デビューが決まる。
だが、京本は絵の上達のために大学進学を選び、藤野ひとりがプロ作家として上京を果たす。
数年後、藤野は京本の訃報を受け取る。
大学に現れた殺人鬼にツルハシで殺されたというのだ。
数年ぶりに訪れた京本の部屋の前で、藤野は立ち尽くす。
自分が京本を絵の道に誘ったりしなければ、京本は死なずに済んだんじゃないかと苦しみ悶える。
そもそも漫画を描くことだって一度は諦めていた。
何の気無しに再開して、京本を巻き込んで、京本の数年間を漫画に費やさせて、あげく喧嘩別れのようになって、絵の道に進んだ京本は死んでしまった。
「描いても何の役にも立たないのに」
藤野はかつて自分が描いた4コマを破り捨てる。
それは引きこもりの京本を部屋の外に出した4コマだ。
自分が4コマを描いたりしなければ、京本は死なずに済んだ。
この4コマさえなければ……、
その4コマの切れ端が、時間を超えて、引きこもりだった頃の京本に届く。
仕掛けの説明はない。
ただの奇跡だ。
こちらの世界を世界bとする。
世界bの京本は部屋の外に出ることはなく、藤野に出会うこともなく、大人になる。
だが、絵の道には進む。
藤野と出会おうと出会うまいと絵の道に進む。
いっぽう京本と出会わなかったことで、漫画を諦めたままになった藤野も大学へ進む。
そこで京本が殺されそうな現場に出会し、殺人鬼を撃退する。
なぜ藤野は美術大学に進学していたのか?
結局、漫画への夢を諦めきれず、また、描き始めたからだ。
二人は一緒に漫画を描く約束をした。
時間はズレたが、二人は出会える。
時間はズレたが、同じ夢を追えるようになる。
それはもうただの夢想でしかないではないか。
4コマ漫画が時間を超えて届くなんてあり得ない。
心を慰めるための癒しに過ぎないじゃないかと。
違う、と本作は言っている。
奇跡の部分は「殺人という理不尽な暴力」に対するカウンターであって「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」の火炎放射器のようなものだ。理不尽と同じぐらいの乱数をぶつけ返しているだけだ。
京本は藤野と出会わなくても、絵の道に進んだ。
藤野は京本と出会わなくても、漫画への情熱を取り戻した。
説明はない。
なぜ? どうして? の説明をしない。
説明がないのが説明だ。
理不尽な暴力は何も変えられない。
二人は出会っても出会わなくても、自分の夢を失わない。
多少の回り道をしても、進むべき道を選ぶ。
4コマが時間を超えようと超えまいと、二人は出会う。二人は漫画を描く。二人の絆は変わらない。
理不尽な暴力は何も変えられない。
奴らが何をしようと、心にあるものまでは奪うことはできない。
できないんだ!!!
という断固たるメッセージだ。
今度は世界bの京本が描いた4コマが、世界aの藤野に届く。
ただの奇跡だ。
しかも今度は時間を超えるだけでなく、別の世界に届いている。
奇跡だから説明をしない。
4コマのタイトルは「背中を見て(Look back)」
京本が最後のコマの藤野の背中にはツルハシが刺さっている。
それは漫画のオチでもあり、
別の世界で救われた京本がいるという夢を藤野に与える仕掛けでもあり、
自分がそばにいなくても藤野に漫画を描き続けて欲しい京本の願いそのものだ。
藤野は、京本との会話を思い出す。
「じゃあ藤野ちゃんはなんで描いてるの?」
藤野の答えは説明されない。
きっとトボけた答えをしたに違いない。
映像はただただ京本と一緒に過ごした日々を、京本と一緒に漫画に打ち込んだ情景を、淡々と淡々と積み重ねていき、最後に完成した漫画を読んだ京本の笑顔で終わる。
その笑顔の、なんと嬉しそうなことか。
藤野の目には、京本の笑顔が、そんなふうに映っていたのだ。
小学生のとき、漫画を諦めた。
漫画をまた描こうと思ったのは、京本が喜んでくれたからだ。
自分の描いた漫画で、喜んでくれる人がいる。
京本がそれを教えてくれた。
京本がいたから自分を信じることができた。
自分ですら信じることができないでいた自分に水を注いでくれた、光を与えてくれた。
京本の出会えた世界の藤野は、京本がくれた愛情を背中に受けて、漫画を描く。
京本と出会わなかった世界の藤野も、別のかたちで夢を取り戻し、漫画を描く。
何も変えられやしないんだ、この野郎!!!
「ルックバック」は、運命に対する人の無敵さを証明する。
証明しないことで証明する。
プラスしか受け取らない。絆の力、思い出の力、愛情の力しか受け取らない。
マイナスは断固として拒否し、プラスがなくても、己自身の力で人生を進む。
勝利宣言の物語なのだ。
*
漫画を描くのは大変だ。
「メンドくさいだけだし、超地味だし、一日中ずーっと絵を描いていても全然完成しないんだよ? 読むだけにしといたほうがいいよね。描くもんじゃないよ」
それはアニメも同じだ。
「じゃあ、なんで描いてるの?」
京本の言葉に藤野が思い浮かべたもの。
それは監督脚本絵コンテキャラクターデザイン作画監督を務めた押山清高をはじめとするアニメスタッフの答えと同じものだろう。
説明なんていらない。
この作品に込められた愛情が何よりの証明だ。