かくしごとのレビュー・感想・評価
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僕のお母さんは・・・
やられた!なんと少年は全て知っていたのか、少年がいつ記憶を取り戻すのかが焦点だった。「書く仕事」の人の「隠し事」がいつバレるのかと。ひょっとして釣りの時かと。
ラストの少年の一言には感動の涙でした。
正直者
こちらのレビューを見ていると、「あんのこと」も観ている方が多いのですね。私もその口です。実は鑑賞リストになかったのに、同じような語感の題名で気になったので誘われました。
タイトルはひらがなですが、「隠し事」の意味がメインながら、子供を毒親からかくまい「隠し子と」過ごす日々や、重要なターニングポイントをもたらす主人公の仕事は「書く仕事」と、幾つもの意味がオーバーラップした上手いタイトルですね。他にも何か意味が隠されているのかな。(「隔 死子と」とかはこじつけすぎか)
言葉遊びはさておき、構成としては面白いが、少し味付けが不自然すぎたかも。ミステリとしては良いのかな。ラストの印象が強くて、オチに持って行かれるのもあるが、杏の驚きと喜びの混ざった表情が秀逸でした。
それは非常に良かったのだけど、結果として、それまで積み上げてきた、認知症の父親のポジションがよくわからなくなったので、ちょっとモヤモヤ。主人公が人里離れた家に滞在するための道具みたい。終盤、当初の予定通り介護施設に入ったようですが、それで何を言いたいのか。ひとりだけ隠し事がないってことですかね。だとしたらもう少しクローズアップしても良かったような。
杏もさることながら、奥田瑛二が良い感じだったので、余計に気になりました。安藤政信は、DV親のこんな役がなんかハマりますね。
とはいえ、前情報一切無くて楽しめたのは確かなので、鑑賞の価値ありの一品です。
物忘れと記憶蘇りの対比が面白い映画
オチが一瞬だから、中盤の長いことこの上ない。
毒親を題材とした映画が多いよね。
子供埋める権利を国の認可制にしませんか?
その代わり認可された親にはひとり1000万円にしましょう。
児童虐待と認知症介護に切り込んだ傑作。
認知症の父の介護のために実家に帰省した女性と、虐待の痕跡のある記憶喪失の男の子が共に暮らすお話。
嫌いで仕方のなかった父ともその間に子供が1人いるとなると家族の仲が変わってくるところがまず面白いところだと思った。
それと登場人物それぞれが法に外れた"してはいけない事"を平気でするために次に何が起こるかわからない緊張感がずっとあってスクリーンから常に目が離せなかった。
皆それぞれが「かくしごと」を抱えて、生きているんだなと観て思った。
物語の最後の言葉は、主人公にとってその後の人生全てを引き換えにしてもいいくらいの言葉だったんだろうなと思う。
主人公の役を杏が演じることに意味をすごく感じたし、とても引き込まれた。
そして虐待や介護といった普段自分が関わらない社会の一部分を考えさせられた。
この作品を鑑賞できてよかった。
魔斬り
チケット購入時、平日昼間で席は沢山空いているのになんでこんな近くのその席とるかなぁ と、ちょっとモヤッと
主人公の心の葛藤がとても伝わってきた。
だよねーでもそうなっちゃうよねーだけどねー が沢山ありました。
ラストの子供の台詞が衝撃的。
それでもそうしたかったんだよね
わたくしごと
主人公の千紗子が、家族であることを忘れた父と、家族だと思い込ませた少年と暮らす話。
この手の作品を観るたびに、なんで虐待が明らかなのに行政に頼らないのかと思ってしまう。
介護と児童虐待の2軸から“親子”を描く意図は理解するが、有機的に絡んではいなかった。
タイトルやポスターから主軸は拓未の方なのだろうに、認知症対応に比重が置かれすぎなように感じる。
そこは確執だけ残して、主軸を太くしてほしかった。
しかしこの認知症に関する酒向芳の台詞回しが素晴らしかったのも事実。
知識が腹落ちしてなければあの奥行きは出ない。
生真面目な硬さが苦手だった杏も柔軟さが出てきたし、奥田瑛二の腹立たしくも哀れな呆け姿も見事。
中須翔真くんは、特に孝蔵にビンタした直後の千紗子のハグから、身体半分逃げる動きが抜群。
短い出演ながら安藤政信もしっかり怖かった。
それにしても、最初の飲酒運転と事故は必要かな。
警察や児相に連絡させないための描写にしか思えず、以降久江が何を言っても白々しく感じてしまった。
すぐ「私“たち”」と複数型で語ることにもイライラ。
洋一の写真が報道されないなども含め、ストーリーのための作為的な設定が目立ったのが残念。
孝蔵が千紗子を妻と誤認することで心情を吐露して和解、というのもご都合主義が過ぎるのでは。
ちなみに、本作はまったく正義でも美談でもない。
千紗子は自らのトラウマのために洋一を「無戸籍児として扱えばいい」などと気軽に言う。
(ポスターでも拓未でなく正面を見つめる)
洋一も自身を守るために嘘をつき、被害者ぶっていた洋一の母も「助成金」に掌を返していた。
つまり全員が自分本位であり、そこに愛が芽生えたことは、救いか呪いか。
結果論として一つの悲劇と一つの絆を生んだ、という話だと自分には映った。
工夫した疑似家族もの
認知症の父の介護の為に、田舎の実家に帰って来た千紗子。ある日、事故で記憶喪失になった少年と出会うが、彼が虐待にあっていた事を知り、放っておけず自分が母と偽り、父との三人の生活が始まる。
ちょっと変わった疑似家族もの。父も認知症で自分の事を覚えてなく、そこも疑似的な家族になっているのが面白い。また、奥田瑛二さんが見事だ。認知症の勉強になる。
杏さんがキャリアウーマンから母親の顔に変わるのも見事。
認知症と虐待、2つの問題に切り込んだ作品。
作中、誰もが何かしらの嘘をついている。
1つの嘘を付いたために嘘を重ねたり、明らかに無理で破綻が待っている嘘を付いたり、しかし嘘を信じ込む事で救われる事もある。
千紗子がついた嘘は明らかに無理があり、後には全てが崩壊する事が分かっている。しかし、だからこそ、子供の心も救えたし、自分や父親との関係も見直せた。もっと良い方法がなかったものかと思うけど。
スパッと終わるラストは好み!
#かくしごと
疑念がまず最初に浮かんだ
昨今の戦前に戻るような家制度へのこだわりを見せる、改憲派の考え方の愚かさを浮かび上がらせるように、戸籍上の親子の醜悪なDV具合を見せつつ。
「血縁や戸籍でなく、過ごした時間と注いだ愛情の深さが親子関係を作る」、というあたりを表したかったように思う。
ただ、その主張に沿った"結論"ありきで、物語や設定を作り込んだのかなぁ?
という疑念がまず最初に浮かんだ。
擬似親子関係を作り出すまでの手順の長さ、段取り臭さとか、法を幾重にも破る無理矢理な論理づけとかが鼻についてしまった。
どんなに美化しようとも、出だしの
・飲酒運転による交通事故のもみ消し
・児童の誘拐、洗脳
に関しては許されないよなぁという点は引っかかるし、後半にいたっては
・そうそう作家の住所を探し当てられない
って点が引っかかってしまったのだ。
実際に子供のいる杏さんの演技の確かさとか、認知症を完璧に演じる奥田瑛二の凄みとかは感じたけれど、脚本的な「作り物臭さ」がどうにも馴染めなかった。
【"魔斬りの刃”今作は、二組の親子の関係性を描きながら観る側に”真の親子の絆とは何であるか。”を考えさせられる作品である。再後半の裁判シーンは、琴線を激しく揺さぶられる作品でもある。】
■ある事が切っ掛けで絶縁状態だった父(奥田瑛二)が認知症になり、介護認定を受けるまで山奥の実家で同居することになった作家のチサコ(杏)。友人(佐津川愛美)と呑んだ後に、その友人が運転する車で、見知らぬ少年(中須翔真)を撥ねてしまう。
友人が飲酒運転だった事と、自宅に連れ帰ったその少年の身体中の痣を見て、親に虐待されていると思ったチサコは、記憶を失っていた少年を自宅に匿う。
◆感想<特に印象的だったシーンを記す。>
・今作では、複数の親子関係が描かれているが、メインは下記二組である。
1.厳格だった、今や認知症を患う父と、娘のチサコ
2.虐待を繰り返していたと思われる父(安藤政信)と息子の犬飼洋一(中須翔真)
・厳格だった、今や認知症を患う父を演じた奥田瑛二さんの”自分の正しさ”を本能的に貫く姿と、トイレの場所が分からなくなり、失禁を繰り返し、チサコを亡き妻と思い、泣きながら詫びる姿を演じ分ける演技の凄さである。
そして、チサコはそんな父の姿を見て、且つての厳格さを失った姿を見て言葉を失うのである。
・チサコが保護した少年、犬飼洋一が”記憶がない”ことを知り、少年に”貴方の名前はタクミよ。”と嘘を付き、少年もチサコに懐いて行く姿。
少年を演じた中須翔真君の”聡明そうな顔”が印象的である。
この際の中須翔真君の演技が、最後半の裁判のシーンで効いてくるのである。
・チサコが、洋一が川に流され、捜索中にも関わらず東京に帰った洋一の両親を訪ねるシーン。母(木竜麻生)はオドオドしながら、チサコが偽って説明する話を聞くが、中から出て来た父親に追い返されるシーン。チサコは夫婦の姿を見て虐待は間違いないと思うが、父親も又、チサコの顔を焼き付けるのである。
■チサコの幼い息子が海水浴に連れて行った時に溺死したシーンや、チサコがその後、父と絶縁した理由が彼女自身の口から語られるシーン。
だが、このシーンがチサコを追い出した事を後悔する認知症に罹った父の”あの子を帰らせてしまった・・。”という言葉の哀しさを増幅させる。
厳格であり過ぎるが故に、学生時代に妊娠をし、子を持ちながらも死なせてしまった娘を痛罵する言葉により疎遠になった娘への本心が出たシーンでもある。
・タクミとチサコの父が、一緒に木彫りの佛を彫っていたり粘土で造形している時に、チサコの父が唐突に鞘入りの短刀を渡し、”それは魔斬りの刃だ。”と語るシーンも単語の印象が強烈であったが、鑑賞後に、もしかしたら認知症になりながらもタクミとチサコを”祖父、父として”守ろうとしたのだろうか、と思ったシーンでもある。。
そして、タクミの父が、雑誌に載ったチサコの顔写真を見て、突然訪ねて来て、止めようとするタクミを叩き飛ばし、チサコに対し、”一億円で譲ってやるよ。”と言った刹那、タクミは"魔斬りの刃"で父の背中を刺し、更に凄い形相のチサコが胸を刺して父を殺害するシーンも驚くとともに、切ない。
更に、安藤政信演じる父は、”俺も親父から逃げたかった・・。”と言い、事切れるのである。
<今作で、一番心に響くのはチサコの裁判シーンである。検察側は、チサコを殺人罪として立件し、弁護側はタクミヘの殺された父による虐待の事実を上げて情状酌量を求めるシーン。
チサコはあくまで、タクミが刺したのではなく自分が刺したと全ての罪を被ろうとするが、証人として証言台に立ったタクミは、”僕の名前は犬飼洋一です。僕が殺しました。”と前を向いてハッキリと言い、更にしどろもどろしながら証言した実母を一顧だにせずに、”僕のお母さんはあの人です!”と言って、チサコを見つめるのである。
その言葉を聞いたチサコは、涙を流しながら、”息子”の姿を見るのである。
洋一がチサコに匿われた時点から記憶があった事と、チサコ達に取っていた”かくしごと”が明らかになるシーンでもあり、観る側は少年の健気で立派な”新しき優しい母”を守ろうとする姿に、琴線が揺さぶられるのである。
今作は、二組の親子の関係性を描きながら観る側に”真の親子の絆とは何か”を考えさせられる作品なのである。>
オチありき
応援したい気持ちはあるものの、どうしても好きになれない杏さんの演技。また、『生きてるだけで、愛。』が大変評判になりましたが、私にはまったくハマらなかった記憶のある関根光才監督がタッグを組んだ本作。正直、劇場鑑賞はないかなと考えていたのですが、上映され週末の評価を気にしてみるとレビューサイトの点数はなかなか高い。と言うことで、サービスデイのテアトル新宿午前回に訪問。ちなみに、客入りはそれほどでもありませんでした。
最初に断っておくと本作は「オチありき」。当然ネタバレはするべきではありませんが、狙いは決して意外性とかではないと思います。とは言え、やはり気を付けながらの感想のため、遠回しな言い方もありますがご理解ください。
そもそも原作があるようですが、私は未読ですし、そのこと自体このレビューを書くために知った情報。で、映像化による弊害なのか、或いは、私の「観方」がひねくれているのかもしれませんが、結構な割合で引っかかりを感じる設定やシーンが多く、観ていて終始イライラします。家事、介護(いや、介助)、仕事にたまに畑仕事、その上子供たちと遊ぶ時間があるなど、一人何役もこなす千紗子(杏)。勿論、実際に見せられるのはその「アリバイ」みたいなシーンの連続。冒頭、ゴミが散乱する部屋は数時間後?には跡形もなく片づけられ、虫が湧いていた台所はすっきりピカピカに。冷蔵庫には意外に物が入っていましたが、私ならその中に入っている物すら信じられません。。そこから買い物に出かけ、きっちり煮魚定食を作って夕飯です。お約束とは言えあまりに非現実的ですし、この先も羅列すれば止まらないほど「そんなわけあるかい」と思うことの連続。とは言え、これはまだ序盤も序盤。そこから起こるべくして「ある事故」が起こるのですが、ナニコレ?地方ならこういう事はあり得て、また気づかれないの?いやいや、むしろそういう事が目立つのが地方なのだとおもうのですが、相変わらずいろいろなことが都合よく成立していきます。
もう書いても書いても書ききれない上に、ネタバレも出来ないためこのくらいにしておきますが、まぁ終始ステレオタイプな表現と、ツッコみたくなることだらけ。なんなら、そういうディテールが目につく部分描かなきゃいいのにと思うほどノイズでしかありません。そして、(ようやくの)終盤に「オチ」につながる事件が、、、令和にまだこんな感じですか。。。酷い。
相変わらず杏さんの演技にも溜息が出ましたが、それ以前に私はこの監督だめかもしれません。もう次回はないな。
小説向けでした。
映画としてはかなり微妙
あちこちで? と感じてしまいました。
私の未熟な理解力のせいかもしれませんが、
しっくりこなかったシーンが多かったです。
ミステリーでもなく、親子ドラマでもなく
中途半端でした。
小説で満足でした
あんのこと
今まであんまり好きじゃなかったけど、この作品良かったです。
公務員の飲酒運転有り得ないと思ってたら、そこがいかされてて、ほかにも設定が、、、と思ってるとなるほどと納得できる上手い脚本と演出と演技なんだろうな。
「あんのこと」で毒親を演じてインパクト半端なかった河井青葉がどこに出てるかと思ったら、一瞬でしたね。
親が親でなくなった時に初めて親に寄り添うことができる、奥田瑛二と杏のシーンがとても切なく悲しくて美しかったです。
悲しい終わり方を予想して観ていた。
良いラストシーンだった。
(余韻を打ち消す、いらん主題歌)
メーテレって良い作品多い。
朝も夕方もメーテレの情報番組みてるけどほとんど宣伝してない。もったいない。
いつも思うことだが、大人が男で子供が女の子だったら即逮捕。
嘘は自分を救うためにつくものだが、そのほとんどはいずれ自分を苦しめる枷になる
2024.6.11 イオンシネマ京都桂川
2024年の日本映画(128分、G)
原作は北國浩二の小説『嘘(PHP文芸文庫)』
ある虐待児を保護し、自分の子どもとして育てようとした絵本作家を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本は関根光才
物語の舞台は日本のどこかの田舎町(ロケ地は長野県伊那市&神奈川県相模原市)
東京にて、絵本作家として実績を上げていた千紗子(杏)は、父・孝蔵(奥田瑛二)の認知症進行の影響で実家に戻ることになった
期間は1ヶ月程度で、介護認定が降りて、施設に入れられれば東京に戻るつもりだった
だが、父は千紗子のことを覚えておらず、認知症は思った以上に進んでいた
地元の医師・亀田(酒向芳)のことはかろうじて覚えているようで、千紗子は亀田から「今後起こり得る症状」についてアドバイスを受けることになった
荷解きが落ち着いた頃、千紗子は地元の親友・久江(左津川愛美)と飲みに行くことになった
だが、久江の息子・まなぶ(番家天嵩)が問題を起こしてしまい、急いで帰らざるを得なくなった
久江は飲酒しているのに運転すると言い出し、心配になった千紗子は同乗する
何の問題もなく目的地に向かっていたと思っていた矢先、大きな音と衝撃が二人を襲った
慌てて車を降りた二人は、車の前に少年(中須翔真)が倒れているのを発見する
久江は動揺し、緊急通報しようとする千紗子を制ししてしまう
やむを得ずに家に連れ帰ることになった二人だったが、その少年の体を調べていると、無数の虐待を疑わせる傷があり、足首にはロープが括られていた
物語は、この少年が川で流されて行方不明になった犬養洋一であることが判明するところから動き出す
千紗子は親元に返すことに躊躇いを見せ、そして福祉課である立場を利用して、久江に少年の両親の情報を調べさせる
そして、調査員のふりをして、どんな両親かを確かめに行く
洋一は母・マキ(木竜麻生)の連れ子で、再婚相手の安雄(安藤政信)から虐待を受けている様子だった
二人にはすでに娘・ひとみ(演者不明)がいて、二人は碌な捜索もせずに、東京に帰っていた
千紗子はこの親元には返せないと確信し、少年を自分の子どもとして育てることを決めるのである
映画は、この千紗子の行動の是非を問うというテーマがあるものの、根底には「親子の呪い」について描かれていた
千紗子と父の関係は「嫌な思い出」を巡るもので、千紗子には亡き息子・純(齋藤統真)との過去から、少年を自分の息子の代わりにしようと考えている
少年自身も、連れ子による立場の悪化と虐待に苦しんでいて、千紗子との生活はこれまでのものとは異質のものになっている
見つからなければうまくいったかもしれないように思えるが、無戸籍のまま少年が成人できるはずもないので、冷静に考えれば無茶であることはわかる
千紗子はいつまで少年を息子と重ねられるかというものもわからず、いずれは何らかの要因で破綻していたと思うが、映画における綻びの起点は少々無理があるように思えた
いずれにせよ、本作は「それぞれがどんな嘘をついてきたか」ということがメインになっていて、父がついた嘘(娘を認識していたが無視した)、千紗子の嘘(息子と思い込ませた)などがある
だが、「記憶喪失は嘘だった」という少年の言葉以上に衝撃的なものはなく、そして、そのあとに続けられた言葉は、本作の中で唯一の真実だったように思えた
千紗子はこの言葉で報われたと思うが、誘拐の事実は覆せないし、その他にも多くの罪が付随している
少年が千紗子の元に来ることは不可能に近く、彼が成人してからならば接触の可能性は残されているかもしれない
彼が不安定なシングルマザーの元に戻っても、彼女では子育ては無理だと思われるので、いずれは施設などに入って、里親を探すことになるのだろう
千紗子はその候補には入れないし、どんな里親が来ても、彼の中にある「母親」というものが上書きされなければ、明るい未来には繋がらないだろう
そう言った意味において、千紗子の行動は罪深いものだったと言えるだろう
サイコホラーから出てきた登場人物がヒューマンドラマ
認知症進行を描写する奥田瑛二の演技は良かった。
なんというか、異常な価値観を持つ人物たちが破滅的な選択肢を取ったらやはり破滅的な帰結に至るという、アメリカンニューシネマな映画なのだろうか?
母と子という関係、身勝手な母、聞き分けの良い子供、裁判という要素から『落下の解剖学』を思い出したが、そちらの方がずっと映像の出来はよかったし脚本も論理的な展開だった。何より子供をシナリオへ関与させる流れはずっと自然で劇的だった。うーん。
子供を保護するのに、どうして正規の手続きを踏まないのだろうか?
この手の映画を観て、いつも疑問に思うのは、法を犯さなければ、子供を虐待から救い出すことはできないのか?ということ。
その点、本作では、飲酒運転による人身事故を隠蔽するためとか、少年の体に虐待の痕跡があるからとか、その子が記憶を失っているからとか、主人公には事故で息子を失った過去があるからとか、主人公の不法行為に説得力が感じられるような、いくつもの理由が用意されている。
しかし、いくら道義的に正しい行いであったとしても、虐待されている子供を勝手に保護することは、法律上、未成年者略取や誘拐に他ならない。
多少、手続きは煩雑になるかもしれないが、虐待を受けていることが明らかならば、その子を実の親から引き離して、「里子」として引き取り、面倒を見ることは可能なのではないだろうか?
そもそも、保険を使わなければ病院には行けるだろうが、学校には通わせないつもりだったのだろうか?
そんなことを思いながら、疑似親子の幸せな日々を見ていても、いつかバレるに違いないと、悲劇が起きる予感しかしなかったし、実際にその通りの展開になって、興醒めしてしまった。
認知症の父親の介護という、物語のもう一つの柱にしても、風呂場で父親の体を洗いながら主人公が涙を流すシーンはあるものの、それだけで2人が和解し合えたとはとても思えず、どこか不完全燃焼のまま終わってしまった感じが強い。
結局、強引に悲劇と感動の物語に持っていこうとする「作為」が最後まで鼻についてしまい、実際に子供を持ったからこそと思える、杏の気持ちのこもった熱演も、ラストの、少年によるトドメの一言も、あまり心に響かなかったのは、非常に残念だった。
印象的な終わり方
かなり演技派という印象で、見事な演技力で結構引き込まれましたが、色々と違和感や不自然さは感じます。世の中でよくあるような辛い事柄を紡ぎ合わせてちょっとした救いを─でも・・・という見て楽しい作品ではありません。世の中のあらゆる問題を考えるきっかけになるのかもという期待もあったのですが、現実感があまりなかった気がするので、あくまで劇映画としてしか捉えることができませんでした。ドラマチックな劇映画としてみると、なかなか見応え十分な気がしましたが、入り込む、ではなく、眺める、という感覚の作品だったかなと─。
記憶と思い出
人間の記憶はそもそも曖昧だしトラウマ体験を思い出さない為の心理機制も働くから、それに基づく思い出に、例え無自覚であってもウソがゼロだなんてあり得るだろうか?ならば千紗子が息子を亡くした経緯も?
そして、何かを守る為の、中島みゆき風にいうなら「臆病な猫がつく包帯のような嘘」を糾弾するのは正義か?
ウソは駄目と一刀両断するのは、血縁関係を絶対視するのと同様、そうすれば個別の事例について深く考える手間が省けるからという怠慢と思考停止の産物かも知れない。
人間を辞めたくなければ考え続けることだ。
なんか、作品から外れてしまった。
血より濃い母子愛があるのかもしれない?
最後の少年の放った言葉に愕然としました。詳しくは言えませんが、人間のつながりは血だけではないということを、強く訴えていて感涙です。ハッピーエンドとはいかないが、本当に救われたラストシーンでした。この作品の中では、児童虐待問題と5人に一人はなると言われている認知症の問題に深く切り込んでいます。この2つの事象は全く違うように見えて、根底では実に深くつながり合っているようです。それはきっと人間の愛の欠如が織りなす幸不幸なのでしょう。また、この作品ではヒロインやその友人が犯罪者としてのポジションを与えられています。それでありながら、観ている人たちはどうか救われますようにと祈らずにはおれなくなるのが不思議です。まるで親鸞の悪人正機(私たちはどんなに格好をつけてもどこかで悪の行いをしている)のようで、思わずヒロインたちを守りたくなってしまいました。さらに、最近の地上波のドラマで「アンメット」や「366日」や「くるり〜誰が私と恋をした?〜」で繰り広げられる記憶喪失ストーリーは、この作品でも展開されていて、まさに旬のテーマなのでしょうか?あと、杏にとってこの作品は、歴史的代表作品になると勝手に想像しています。彼女の動作の美しさ、子に対する温かい愛情表現、天使のような寝顔にやられてしまいました。彼女の演技の伸び代は無限大でしょう。もちろん奥田瑛二のリアルな最高の演技にも絆されました。認知症の彼は何かと戦っているのです。それはきっと愛を勝ち取るために、一切皆苦と戦っているのでしょうか?
追記 縁側から見える森林の風景は人間の美しい心と同じで、見事に太陽の中で輝いていました。癒されました。
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