「かりそめの幸せはジェンガのごとく崩れ去った」かくしごと おじゃるさんの映画レビュー(感想・評価)
かりそめの幸せはジェンガのごとく崩れ去った
原作未読ですが、杏さん主演のヒューマンミステリーということで期待して、公開初日に鑑賞してきました。やや重めの内容の作品ではありましたが、なかなかおもしろかったです。
ストーリーは、認知症の父・孝蔵の介護のため、久しぶりに故郷に戻った絵本作家の千紗子が、一緒に飲んだ友人との帰り道、友人が運転する車がはねてしまった少年を連れ帰って手当てをするが、少年には虐待の痕跡があり、記憶もなくしていたため、少年を守るために自分が母だと偽って一緒に暮らし始めたことから始まる、父と少年との3人の生活を描くというもの。
公式サイトではヒューマン・ミステリーと紹介されていますが、ミステリー要素はそれほどでもないです。おそらくラストの真相を指してそう言ってるのでしょうが、そこはかなり早い段階で予想がついており、意外性は感じません。むしろヒューマンドラマとしての見どころが大きいと感じます。
厳しい父との確執から距離を置き、自らの不注意で我が子を失った千紗子が、虐待の疑いがある少年との偶然の出会いをきっかけに、家族と自分自身を再生していく姿に胸を強くつかまれます。海で溺れた我が子を思い、息もできないような悲しみと苦しみを背負い続けてきた千紗子が、我が子の姿を少年に重ねることで、やっと呼吸を再開できたかのようです。それは父との関係にも変化をもたらし、失われた家族団欒の日々をかりそめにも取り戻し、止まっていた時間が動き出したかのようでもあります。
しかし、そんなかりそめの幸せは、少年の実の父親の訪問によって、当たり前のようにもろく崩れ去ります。それは、さながら少年と一緒に遊んだジェンガのようです。千紗子と父と少年のそれぞれの“かくしごと”の上に積み上げた穏やかな日々は、一瞬にして崩壊しますが、それでも、そこには確かに強く結ばれた絆があったことだけが、せめてもの救いです。
全体としては、役者の演技に支えられた見応えのある作品に仕上がっていると思います。ただ、少年との生活を始めるまでの流れや、少年宅への訪問やそこでの千紗子の様子など、ちょっと強引に見えて引っかかるものを感じます。また、いまいちテンポが上がらず、やや没入しづらかったのも残念です。仕事帰りの鑑賞で集中力が落ちていたせいかもしれないので、配信が始まったら改めて鑑賞してみたいと思います。
主演は杏さんで、家族の問題に苦しむ千紗子を熱演しています。脇を固めるのは、中須翔真くん、奥田瑛二さん、安藤政信さん、佐津川愛美さん、酒向芳さんら。