「まるで現代社会の縮図。」ありふれた教室 マサヒロさんの映画レビュー(感想・評価)
まるで現代社会の縮図。
決してカーラは間違ってたのか?とか、どうすべきだったのか?ということを問うている映画ではない。
それは、最後まで犯人が明らかにならない事からも明らかだ。いや、あえて犯人を明らかにしてないと言ったほうが良い。犯人探しのミステリー映画ではないのだ。
鑑賞前は、最後に犯人や驚きの事実が明らかになるミステリー映画だと思ってたから、いやオドロイタ ( ゚д゚)
最初の、 「0.999··· は 1 と同じか」 の授業で、それは「主張」なのか「証明」なのかを問う場面がある。カーラが数学教師であることの単なる紹介の場面だと思っていたが、作品が問いかけてくるテーマに絡んでくる。
この映画は僕たちに、真実(事実)とは何かを問うてくる。果たして僕たちが正しいと信じる真実は正しいものなのか? 真実と思ってたものが、思い込み、勘違い、推測、間違った情報を元にしたものかもしれない。それは単なる「主張」であって、「証明」された真実とは限らない。その「主張」がたまたま真実である事もあるが、「証明」されて初めて真実であると言える。
しかし、ここで最近の生成A Iの凄まじい進歩が頭に浮かぶ。写真どころか本人、家族、側近でさえ見分けがつかない音声付き動画が簡単に作れてしまうらしい。いや、それ以前からネットのフェイクニュースは、プロのジャーナリストでさえ見分けるのが難しかったり、騙されたりするという感じだった。
この映画を見てて1番恐ろしかったのが、生徒達が正義の名の下に自分達の作った真実を突きつけてきた場面だ。 生徒は、親と生徒どうしの話を信じ、カーラと教師たちには不信感がある。
ここでも生徒たちは、自分達が正しいと思う正義と真実を主張する。それが正しいと証明されたワケでもないのにだ。
で、このレビューは特に結論も出さずに、突然ここで中途半端なまま終わる。
もう日付も替わって1時だし、よく分からないし上手くまとまらずに結局レビューしなかったという僕のよくあるパターンになりそうなので、このままレビューをUPする。
ナイスアイデア。
ああ、あと映画の最後にオスカー少年がルービックキューブを6面揃えた事と、玉座で運ばれる王様のようにPOLICEにイスのまま担がれて運ばれる場面も何か意味あるはずだから、他のレビューを見ることにしようと思いました○(マル)。