「魅力的な題材ながら、キャラクターの“スタート地点”に難アリ」セキュリティ・チェック 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
魅力的な題材ながら、キャラクターの“スタート地点”に難アリ
【イントロダクション】
クリスマスイブの空港を舞台に、謎の不審物を持ち込んだ犯人からの脅迫を受けた空港保安官の奔走を描くサスペンス・スリラー。
主演に『キングスマン』(2015)のタロン・エジャトン。監督は『ロスト・バケーション』(2016)、『トレイン・ミッション』(2018)のジャウム・コレット=セラ。脚本にT・J・フィックスマン、『LOGAN ローガン』(2017)、『ブレードランナー2049』(2017)のマイケル・グリーン。
【ストーリー】
クリスマスイブのロサンゼルス国際空港。運輸保安局(TSA)職員、イーサン・コーペック(タロン・エジャトン)は、航空会社のマネージャー、ノラ(ソフィア・カーソン)と恋仲であり、彼女はイーサンとの子を妊娠していた。
通勤時間、イーサンは思いがけず発覚したノラの妊娠と、これからの未来に戸惑いを見せつつも幸せを感じていた。ノラは、イーサンが警察学校に落第して以降、新しい挑戦に踏み切れないでいる姿を憂いており、「もう1度、夢を追いかけてほしい」とアドバイスする。
イーサンは、上司であるサーコウスキー(ディーン・ノリス)に、昇格のため手荷物検査を任せてほしいと懇願する。同僚であり友人のジェイソン(シンカ・ウォールズ)の後押しもあって、イーサンはジェイソンの入る予定だったレーンに配置される。
勤務が始まってすぐ、イーサンは手荷物検査の乗客から「トレーに見覚えのない荷物が混じっていた」として、ワイヤレスイヤホンを受け取る。すると、イーサンのスマホに非通知相手から連絡が入り、イヤホンを装着するよう指示される。イーサンは謎の犯人・トラベラー(ジェイソン・ベイトマン)から指示を受け、「仲間の手荷物を通過させる」よう要求される。イーサンは持ち前の発想力で相手を出し抜こうとするが、ノラの命を人質に取られた事により、従わざるを得なくなる。
犯人グループは空港の監視カメラにまでアクセスしており、イーサンの動きは絶えず監視されていたのだ。また、別働隊はイーサンの住居に侵入し、彼とノラの個人情報から過去の経歴までを把握していた。本来、この役割を担うのはジェイソンになるはずで、犯人グループは脅迫の為にジェイソンの妻と双子の子供達を狙っていたのだが、急な配置変えで手荷物検査に就いたイーサンにターゲットを変更したのだ。
一方、ロサンゼルス市警察(LAPD)のエレーナ(ダニエル・デッドワイラー)は、トラベラーによる放火殺人事件の現場に居た。彼女は、現場に残された2体の焼死体の身元や本当の死因が毒殺と銃殺である事から、事件の裏にただならぬ陰謀があると睨み、仲間に調査を依頼する。
やがて、イーサンとエレーナは、荷物の中身がロシアが開発した解毒不可能な神経毒“ノビチョク”である事を知り、空港の職員や乗客ら10,000人の命を救うべく奔走する事になる。
【脚本の抱える、キャラクター設定の問題点】
個人的に、ジャウム・コレット=セラ監督は「目立ちはしないが、確かな面白さのある作品」を手掛ける監督としての印象があり、本作の評価もまずまずな様子だったので期待していたのだが、残念ながら私はハマらず。その最たる所以は、脚本によるものなのは間違いない。
物語が動き始める約20分地点まで辿り着くのが苦痛で、結末となるラスト20分を先に観た上で、全体を通して観てしまった。こうした視聴方法はネット配信ならではであり、本来ならば好ましくはないのだが、何せ主人公であるイーサンに興味が持てなく、物語を追うのが苦痛だったのだ。
なぜなら、物語開始地点で、既に主人公は“プラスの状態”にあるからだ。
『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズで知られる漫画家・荒木飛呂彦先生の著書『荒木飛呂彦の漫画術』に、「物語は常にプラスになっていくのが王道」という論がある。これは、「主人公が物語の開始点では何もない0の状態から、仲間や経験を獲得して常に《より良い状態に向かって行く》というもの(意訳)」だ。だが、本作の主人公は、物語開始地点で「猛アタックしてゲットした彼女が居る」「彼女は妊娠していて、主人公は戸惑いつつも仕事に精を出す」という設定が為されている。つまり、側から見ればイーサンは既に充分に満たされているはず(定職に就いてもいるのだから)なのだ。にも拘らず、イーサンは「生活の為の昇格」や「警察学校への再挑戦」という更なるプラスを求めて行動する事になる。
これが、プラスの状態にある主人公(五体満足や資金や部下を大勢抱えている等)が、物語の進行によって“マイナスの状態”に陥っていくホラー映画(負傷や部位欠損)やギャング映画(組織の崩壊)ならば、作劇として理解出来る。観客は、主人公やその仲間達が追い詰められ、失っていく中で「どこまで失うのか?」を楽しむので。しかし、本作の場合は、その内容からしてイーサンが最終的に犯人に打ち勝つのは大体察する事が出来るので、「物語は今以上の更なるプラスに向かっている」と予想出来る。つまり、イーサンの動機は、言ってしまえば“欲張り”に映ってしまうのだ。だから、私は本作の主人公に感情移入出来なかった。
本作と引き合いに出されるであろうクリスマスの空港を舞台にした『ダイ・ハード2』(1990)でさえ、主人公のマクレーンは前作の英雄的活躍はどこへやらの“妻の迎えに来た(この時点ではまだ愛する妻に出会えていない0の状態だ)のに、駐車違反切符を切られる”という「今は0もしくはマイナスの状態だが、これからプラスに向かって行く」というスタートをちゃんと切っているのだ。
なので、本作の場合も、イーサンには「もう少しで恋人になってくれそうな距離感の女性を振り向かせる為にも、ちゃんと仕事しないと」という動機、勇気を出して彼女をランチに誘い、食事の席で「警察官への夢を諦めないで(再挑戦して)」と励まされたといった具合に、物語の進行と共に、主人公の動機を強化し、プラスへ持っていくべきだったのだ。物語開始地点では“何も手に出来ていない”主人公が、事件を通して様々なものを掴み取っていく、それこそ、事件を通じてヒロインと結ばれるというのは、これ以上ないハッピーエンドなのだから、誰もが素直に応援&祝福出来るキャラクターになったはずだ。本作は、そもそものキャラクター設定からして“ズレている”のである。
物語のクライマックスで、ジェイソン・ベイトマン演じる犯人がイーサンを「負け犬」と揶揄するが、直後にイーサンに敗れて毒殺される、イーサンの「やる気が出た」という台詞を物語全体を表した名台詞にするという意味でも、やはりイーサンは0の状態からスタートさせるべきだっただろう。
【感想】
物語が動き出してからは、イーサンと犯人の攻防が絶えず展開され、緊張感のあるシーンが繰り返される。特に、偽造検出ペンで仲間にメッセージを送るアイデアと、直後の犯人によるトリカブト毒で心臓麻痺に見せかけた鮮やかな毒殺シーン、ターミナルで互いに顔を合わせてやり取りするシーンは素晴らしかった。
ただ、前半こそリアリティと緊張感のある攻防が繰り広げられていたが、物語は次第に荒唐無稽な展開へと舵を切っていく。クライマックスでは、イーサンによる爆弾のスーツケースのすり替え、取り出した毒の容器を隠し持って犯人を冷蔵室に閉じ込める等の、「あの短時間で中身を丸ごとすり替えたの?」「そんなデカい容器、何処に隠しておいたの?」という大きな嘘も目立つようになる。
マテオに殺されたサーコウスキーの遺体をエレーナに発見させないという、事態の深刻さをより鮮明にする演出が為されていなかったのも勿体なく感じた。
この辺りは、私がイーサンに感情移入し、より深く物語に没入出来ていれば気にならなかったのかもしれないが、距離のある位置から鑑賞していると、そうした嘘も気になってしまった。
イーサンの推理力や発想力の高さは面白く、犯人の素性を暴いて仲間にメッセージを送ろうとするシーン、絶えず出し抜こうとする姿は良かった。また、『キングスマン』でブレイクしたタロン・エジャトンも、あの頃の青年ぶりからこの10年で随分と大人の男性になったなと思う。空港内を全力疾走する姿は、その姿勢の良さからも絵になっていた。
犯人グループの正体が、軍需産業会社らが自分達の利益を狙って雇った殺し屋であり、その為にハッキング能力や現場での即興性に優れているというのは、あるあるだが魅力的。軍事法案を議会に提出するも可決される見込みの薄い女性議員をノビチョクにより暗殺し、ロシアからの脅威を自作自演する事で、多額の防衛費を必要とする法案を可決させて自分達の利益を潤そうというのは捻りが効いている。
ラストの爽やかで後味の良い締め方は◎。無事、ロス市警の刑事となり、子供が生まれてノラと約束していたタヒチに向かう姿が微笑ましい。更に、仲違いしてしまっていたジェイソン一家も一緒なのだ。
トレーに乗せた警官バッジが手荷物検査のX線に掛けられてスタッフクレジットに進む様もオシャレ。
【総評】
スタートの切り方をそもそも間違えている為、面白さを見出すよりも先に「興味なし」の反応が出てしまい、鑑賞するまでに意識を持っていくのは中々にしんどかった。とはいえ、キャラクターの設定分析含め、鑑賞価値があったのは間違いないのだが…。
描き方次第では傑作にもなった作品だと思うので、何とも惜しい作品だった。