「個々の人間を見ず、マイノリティという型にはめ、消費して金にする社会はF◯◯◯」アメリカン・フィクション ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
個々の人間を見ず、マイノリティという型にはめ、消費して金にする社会はF◯◯◯
主人公モンクが抱える家庭事情は結構重たいが、その一方で彼が金のためにやけくそになって書いた黒人ステレオタイプ小説が、予想外にも成功に向けて一人歩きしてゆくさまが可笑しくて、ちょいちょい笑ってしまう。
彼の小説をめぐるドタバタ劇を通して、意識高い系な人間たちのステレオタイプという落とし穴に対する鈍感さをシニカルに描く作品。
冒頭いきなり、アメリカ南部文学の講義中にモンクが板書した「NIGGER」という言葉に白人生徒がクレームをつけるという、皮肉たっぷりな場面から始まる。作品タイトル(フラナリー・オコナー「The Artificial Nigger」)の一部だし、黒人の「当事者」モンクがOKなら問題ないようにも思える。
しかし実際のところモンク自身、医者一家に生まれた知識階級、いいとこ育ちのボンボンである。しかも過去に、ナチス絡みの差別発言で問題になったりしており、型通りの「一方的に人種差別を受けた結果社会的に堕ちた当事者」という黒人像とはかけ離れている。
彼が嫉妬する売れっ子黒人女性作家シンタラは、「私たちの物語」と称してポリコレ社会にウケやすい黒人の物語を上梓し、飛ぶ鳥を落とす勢いだ。「We’s Lives In Da Ghetto」と誤った文法のタイトルも、識字能力が低い黒人像の方が売れるからだ。
モンクはそういった世間に媚びたやり方を嫌悪していたが、自身の作品の評価は芳しくない。
やがて姉は死亡、兄は駆け落ち、さらに母親を施設に入れることになり背に腹を変えられなくなったモンクは、開き直ってある意味売れ筋王道の本を書き上げる。タイトルは「F◯◯K」、ペンネームはスタッグ・R・リー。
調べてみると、1800年代後半にスタッガー・リーという伝説の黒人アウトローが実在したそうで、ペンネームはそこから取っているようだ。
そこからは皮肉な笑いの連続だ。Fワードのタイトルに一瞬怯んだ出版社側も、売れさえすればそんなことお構いなしとばかりにGOサインを出す。電話のやりとりで、モンクは世間の望むステレオタイプな黒人像に応えるべく、粗暴な犯罪者を匂わせるキャラを必死で演じる。すぐに映画化まで決定し、精一杯ワルそうな黒人を装ってプロデューサーと面会したりする。この場面の会話で、ライアン・レイノルズに流れ弾が当たっていたのには爆笑した。
誰も、現実の黒人が個々に抱える問題などには興味がないのだ。粗暴で前科者でドラッグをやってそうな、わかりやすくて定型的な黒人像。もちろん、中にはそういう黒人もいるかもしれない。しかし、モンクの周囲の人間はこのわかりやすい黒人像ばかりに関心を持ち、目の前にモンクという黒人がいるのに、彼の個人的な思いには目もくれない。
文学賞選考の場でも、「F◯◯K」への授賞をモンクとシンタラの黒人2人が反対したのに、白人選考委員の3人が賛成したことで授賞が決まる。賛成したひとりがその場で「黒人の声に耳を傾けよう」と言い放つシーンは強烈だ。いや、目の前の黒人たちが反対してるでしょうが。
意識高い読者たちは、自分たちが「人種差別に対し問題意識を持つ自分」を確認できればそれでよい。差別によりそんな生活に堕ちたかわいそうな黒人の人権を、私たちはよく知り、守ってあげるのだ。そんな崇高な意識を持つ私たちは素晴らしい(と思いたい)。
そしてその欲望の充足は、金になる。
似たような構造は、黒人差別の問題に限らず、私たちの身近にもないだろうか。人々の耳目を引くためのマイノリティの虚像。地球を救うという(不遜なスタンスの)番組における障害者、ベストセラーの本の中で御涙頂戴のために不幸な目に遭うマイノリティ。
そういった作品や番組が全て安い虚像だとは言わないし、本作における黒人の扱いと安易に同一視するつもりもない。だが、そのような物語に感動する時、自分自身が無垢で不遇なマイノリティという「型」を作って消費の対象にしてしまう危うさがある、ということにちゃんと自覚的であったのか、つい我が身を振り返ってしまう。
終盤で、それまでの物語自体がモンクの書いた映画の台本であることが明かされ、白人プロデューサーに結末の候補がいくつか提示される。プロデューサーは、モンクが警官に撃ち殺されるラストをノリノリで選択する。黒人が警官に殺される事件が何度も問題になったアメリカの現実を彷彿とさせるラストに、「アメリカン・フィクション」というタイトルが効いてくる。
これ以上ないと思う見事なレビューに感嘆しました。知らなかった情報も知ることができました。ありがとうございました。
>賛成したひとりがその場で「黒人の声に耳を傾けよう」と言い放つシーンは強烈だ。いや、目の前の黒人たちが反対してるでしょうが。
ここ、全くその通りですね(^^)
日本にいる方が外国人とか、特に黒人みたいに明らかに強そうな遺伝子に怯みがちになりますよね。見慣れない人に対する警戒心というか。
移民国家カナダのせいか、外国人の私もじろじろ見られず、関心持たれないので、かなり居心地いいです。
共感ありがとうございました。
だからカナダではあまりウケなかったんですね。カナダはマイノリティがマジョリティみたいな国なので、私には面白さがピンとこず。
アメリカっていつまで差別意識持つんだろと思った作品でした。