数分間のエールをのレビュー・感想・評価
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拙くても、この感動をレビューしたいんだ
熱量と疾走感に圧倒された1時間。
私にはめずらしく「もう一度体感したい」と思った。
■MVを作ること、映画レビューを書くこと
「先生の歌に感動したからMVを作りたい。」
「彼方の作るMVは応援なんだよ。」
今書いてる"映画レビュー”もそういえばそうなんじゃないか?
ぜんぜんMVとは芸術度も、制作に必要なスキルも、キラキラ度も違うけれど、
「この映画の良さを言語化して伝えたい。」
「映画を観て感じたことを上手く掬い取りたい。文字で表現したい。」
という想いや表現欲は映画レビューも同じだ。彼方の衝動はなんかすごく共感できた。
溢れる感動を文字にしたいから書いているのであって、別に「共感した」や「コメント」がなくても構わない。でもだからといって自分のスマホの中に書き留めておくのではなく、こういうサイトで公開しているのは「映画を観て感じたことを私はちゃんと言語化できているだろうか?」「この表現に共感してくれる人はいるだろうか?」「この映画の良さを言語化してみんなに伝えたい」という想いがあるからだ。
自分が制作した表現物(MV、レビュー)に対する反応を確認したい欲と、
感動した対象(曲、映画)へのエール。
拙くても感動した映画にはレビューを書き、感動したレビューにはコメントを書いていくことを、その衝動に正直でいていいんだと背中を押された気がした。
■夢破れた者たちへのエール
「未明」のMVのシーンでうなだれながらキャンパスの前から去っていく人たちのように、大量に書き留めたスケッチブックを捨てる外崎のように、表現することを、夢を、諦めざるを得ない人たちがいる。(それで身を立てて行こうとするなら特に)私も芸術ではないがスポーツの夢を諦めた経験がある。いまでもたまに夢でうなされるなど、その傷は未だに完全には癒えていない。
なかには先生のように、また走り出す人もいるだろう。趣味的に続ける人もいるだろう。
「他者の評価がなくとも、衝動のままに表現を続けるんだ!」ということをこの映画は推してるのか?違う。そんな単純で安易なオチじゃない。
去らざるを得なかったとしても、表現をしてきた時間は無駄じゃないということ、
夢を追いかけたその瞬間に意味があるってことを。
夢破れた自分にもエールをくれている気がした。
※先生の路上ライブシーン、浜辺で泣きながら訴えるシーン、「未明」のMV、この3つのシーン。魂が震えるとはこういうことか。
※MVがキーワードなだけあって音響が大事。Dolby Atmosで観てほんと良かった!
※画が綺麗。教室の中の光とか。
※石川県羽咋市。美しい所だ。
※映像がユニーク。Wiiスポーツ(古い!)の中のキャラみたいだった。Google MAPの箇所の表現も面白いなあ。
※MV作っていくシーンがミッションインポッシブルを思い出した(笑 こんな風に自分が想い描くイメージをサクサクと形にすることができたら、めちゃくちゃいいなあ。「Hurray!」の人たちとかひょっとしてこんな感覚なの??
背伸びしたくなる映画
観終えて、ぐーっと背伸びしたくなった。
背伸びの爽快感は、やりきった、乗り越えた人の特権かもしれない。けれども、まずは背伸び、から始まる一歩もあるのでは。そんなふうに思えた。
柔らかな色合いの絵柄ながら、物語は決して甘くない。重ねた努力がかたちにならず、夢を手放そうとする歌い手・ユウと、絵で挫折しMVの世界にのめり込む主人公・カナタ、彼の先を走っていたはずの同級・トノ。そんな三人が絡み合い、物語を紡いでいく。
はじめは、映画自体がMV、入れ小細工に似たつくりなのかと感じた。人物が紙芝居のように平面的で、動きが少しぎこちない。そんな人工的な画に、音楽がかぶさるとグッと深みが出て、思わず身を乗り出した。同時に、手描き風の自然背景が立ち上がり、奥行きを出す。人物たちも生き生きと動きはじめ、気づいたら引き込まれていた。
まっすぐMVにのめり込んできたカナタに訪れた、思いがけない挫折。冒頭ではモブキャラかと思われた女子の存在が、とある出来事から光を放ち、カナタとともに驚いた。薄っぺらさは単なる見かけ。気づきは、すくそばに転がっている。余計なものを一切配した組み立てに、思わずうなった。
カナタがたどり着いたMVは、本編とは対極と言いたくなるほど、荒々しく描き込まれている。複数の辛口コメントと、ポツンと浮かぶ呟きコメントをあえて示した後に流れる渾身作に、目と耳が奪われ、心を掴まれた。
何かをはじめたい人、挑戦したい人。続けるかあきらめるか、迷っている人。夏休みの季節に、ふさわしい作品だ。
全ての投稿者にエールを
動画投稿をする人も最近じゃ珍しくないんでしょうか。この映画のようなMV作成となるとハードルがとても高くて、手を出そうなどと云う人はそうそう居ないと思うのですが。
でも、そのハードルを一気に下げたのは、ニコニコ動画でヒットした「MikuMikuDance」でした。ボーカロイド「初音ミク」のキャラが3Dモデル化され、それを誰でも容易にMV作成できるツールが無料で公開され、加えて、MV作成のためのモデルや小道具のCG、モーションデータなども交換し合い、爆発的に多くのMVが作成されたものです(実はわたしもちょっと遊んでいました)。この映画でも使われていたこんな目つき(><)の表情が実に懐かしい。そうして、多くの投稿者が生まれ、中にはプロ化した人もいるでしょう。そして、この映画同様、再生数、コメント数に伸び悩む人も、大勢いたことでしょう。そして、折れて、去って行く。
この映画のMV作成はそんなMMDのブームを思い出します。無論、今時はMMDだけじゃなくもっと様々な形式で自らの才能をアピールしているのでしょう。ただ、正直に思うところ、ただ歌うだけでは厳しいのでは無いかと思う。この映画の先生のような、3桁にしか届かない再生数が実にリアル。この映画の作成者も味わったのではないでしょうか。最後のMVについたコメント「CGキモイ」もまた実にリアルで自虐的。
最後のMV、歌詞の意味とか聞き取れなくて読み込めなくて理解出来ていないのですが素晴らしかった。歌詞の意味は判らないけど、MVの示すところは実に切実。映画上で語られた、100曲も書き続けた歌、何十冊も書き続けられたスケッチブック。そのモデルは明らかに歌い手の先生自身と絵師の友人。そして「新規作成」をクリックし続ける自分自身。
最初に作成して先生に断られたバージョンは主人公・彼方君のエゴでしかなかったのかな。作品には作成者を必ず登場させると聞きます。アラレちゃんを創造した則巻博士は、どうみても鳥山明先生自身でしょう。編集者のトリシマさんを悪役にしているのも実生活そのまんまw つまり先生自身をそのまま描ききったということでしょうか。
”地上の星は今何処にあるのだろう” 冒頭から語られる、見えない星を探し続けるというような台詞。物作りは創造、発明ではなく、発見なのかもしれません。歌う先生の姿をそのまま描いた。ひたすら描き続けて良いものを作るのではなく見出していく。そういえば、ライフゲームの作品はパターンを作成するのではなく発見するものだという。良いものが見つかるまで、ひたすら描いて良いものを探し続ける。それは自分のエゴとは無縁のもの。
それにしても、「誰かの心を動かしたい」というピュアな投稿者はどれほどいることか。「高評価、チャンネル登録よろしくぅ!」のエゴそのものの決まり文句は・・・まあ、大変正直で結構。決して批判ではありません。
全体通して、アニメCGのデザインが新感覚的でとてもよかった。あのMV作成のシーンも、トム・クルーズで用いられたモーションによるオペレーションを大幅に凌駕していたのではないでしょうか。
ああ、あと中山萌美ちゃんの歌とMVは可愛くてよかった。最後にフルコーラスで見たかったなw
独自のCGビジュアルで日本アニメの可能性拡げた
この映画の素晴らしい達成はまず第一にアニメーション映画として新しいビジュアルを獲得していること。Blenderで作っているそうだが、フォトリアルな3DCGでもなければ、単純に手描きアニメの模倣でもない、独自のイラストルックの絵柄を立体感を持って動かすことが出来ている。日本のCGアニメは手描きアニメのテイストを再現するのか、リアルな方向を志向するのかの選択だったところに別の観点を持ち込んだと言っていい。丁度同時期に放送していた『ガールズバンドクライ』と一緒に、日本のCGアニメに新たな1ページを加えることになったかもしれない。
物語はシンプルにもの作りのに熱意を燃やす少年と一度夢破れた大人の女性を通じて、創作者へのエールを送る内容だ。MVを作ってきた監督たちがMV作りに情熱をかける少年を描く。その熱意が一人のミュージシャンの熱意を再び呼び覚ますシンプルな物語。上映時間は短いが満足度は高い。
主演の2人の声優ははまり役。特に伊瀬茉莉也さんの演じるダウナー系のミュージシャンはいい。
エールされました
自分も一時的にアニメの画面を編集してmvみたいな動画を作ってみて自己満足だと思ったが、たまに「感動した」「励まされた」というコメントが来る時、めっちゃ嬉しい、やっと自分がやったことが意味があるなあと思ってしまった。私はエールされて、またはこの映画にもエールされました。
感動的なシーンが散りばめられた映画でした!
観て良かったです。
3D制作アニメで、背景の人々が全員動くことに衝撃を受けました。制作シーンの描き方も圧巻です。
ジャンルはバカの勝利。テーマの提示。最初のシーンとラストシーンの対立も上手く描けていました。定番のプロット通りに進んで、笑いも作り、悲しみ、怒り。主人公がバカ(自分の思いに素直にまっすぐに進んでいこうとする)だから、より色んなシーンが引き立っていました。
特に感動させるシーンの描き方が非常に良かったです。
1stターニングポイントの雨の中で歌っているシーンがベスト1です。その後の友人とのサブプロットも上手く繋がっていて好きです。
お楽しみシーンがテンポ良くて好きです。
ただ、ミッドポイントはわかりにくかったように思いました。
MVを作って否定され、そのままネガティヴシーンの連続、サブプロット友人男性は最後まで回収されずだったので、なおそう思うんだろうか。
自分が制作するなら、ここは友人男性のサブプロットは最後回収しておきたい。
下がっていく感情のまま、さらに主人公の葛藤入れていくのは、どうしてもメリハリがなくなってしまう。だから、ミッドポイントちゃんと作るのが修正点だろう。
その後の2ndターニングポイントへの流れは好きです。ここでサブプロット友人女性を起点にするのは上手な回収ですごく好き。ラストも無難に終わらせているので好印象です。
たぶん、この作品はシーン先行で考えられた作品だと思います。そこに脚本プロットを入れているんでしょう。
感動、お楽しみのシーンを作りたくて作っていますという思いが伝わってきて、次のシーンがわかっていても心を揺さぶられる、そんな映画でした。
再上演をドルビーシネマにて。斬新な色合いのCG作画がまず目を惹く...
再上演をドルビーシネマにて。斬新な色合いのCG作画がまず目を惹くが、華やかさの裏に苦さも含む、そんなストーリーにもマッチしている。音楽ものアニメというのは本質的にすべてMVな訳で、作中でMVを作る本作は面白い着眼。音楽から映像を立ち上げるプロセスを視覚的に鮮やかに表現しながら、同時に一方的に解釈・ビジュアル化することの危険性にも触れつつ、ストーリーの大きな山場に絡めているのが上手い。実は同脚本の「ガールズバンドクライ」とほぼ同じ筋なのだが、こっちの結末は些か綺麗に収まりすぎていると思う。「数分間のエール」に他人の人生を変えるほどの「実効性」がなくっても良いじゃないか。青春の終わりを歌った歌が、青春真っただ中の若者に響く、そんなあくまで苦い奇跡のままでいて欲しかったかもしれない。
とても爽やかな作品
採点3.6
誰かの夢を応援したい青春物語。
まずCGの動きがとっても新鮮で、観ていて面白い。
先生のボーカルも力があって良かったです。
が、何と言ったらちょうど良いのか、全体の作りも演出もすごい「青い」です。
なので、合う合わないがはっきり分かれそうではありました。
逆に高校生位で何かを追っかけている人や、そのままボカロや歌ってみたが好きな人にはすごく刺さりそう。実際に制作している人は泣きそうな気がします。
ただラストは先生の101曲目が聞きたかった。そこにはすごい違和感が残っちゃいましたか。
それでもとても爽やかな作品でした。
高揚感
鑑賞後、高揚感でドキドキしてしまいました
作中の「誰かの心を動かしたい」という思いはこの作品の作り手達の思いそのものと感じました
映像に慣れないポリゴンには違和感を感じるものの雨や光の描写の透明感は現実にはないほどの美しさがあり、また音場の作り込みが描写に合わせた音の広がり感には驚きました
気になっている方、絶対に劇場で観ることをお勧めします
先述した映像と音の醍醐味は劇場でなければ感じる事が出来ません
私は劇場で見てとても良かったと感じました。
歌良し、脚本良し、映像はなんだかなぁ。
この辺りではこの映画館でしかやってなく、日曜は朝8時台上映1回限り。(こりゃ観れんかも)平日は夕方1回にシフトしていたので、他の観たい作品と続けて鑑賞。
モノ作りの人間にとってはだいたい当てはまるテーマで素敵な歌を使っていたので良かった。
脚本は花田十輝さんで最近観るモノによく見る名前なのでテーマを上手く学生にあてて若者に訴えていてよい作りに感じました。
アニメはいろんなことをやっているみたいですが、観る側が気になる(無機質な自動車、風景とコメントしてた方もいたね)絵はMV内だけにしておくとか、もっと今の画風に近くするとか。きっと「ルックバック」がその限界線ではないかと思う。越えたら観る側がきつい感じがする。
映画館で見てよかった
マウスパッドの上でマウスを滑らせる、サッ、サッ、という小さな音。静かな部屋で黙々と創作活動をしている感じが、まるで自分の部屋にいるような臨場感で伝わってくる。静寂の中に散りばめる、とても細やかな音使いだ。
セリフの「間」もナチュラルで、おそらく音声を先に収録していて、その後に映像をつけているのだろう。ラジオドラマのように、心静かに鑑賞できる。
オリエ先生が絶望したのは、「音楽で食っていけてない」ということではなく、自分はこんなに歌が好きで、ずっと歌っていて、魂を込めて歌っているのに、誰でもいつでも自由に聴けるサイトに音源を置いているのに、誰にも届いていないという現実に対してだ。長く歌い続けてきたけれど、自分の歌は誰にも届いていない。どんなに大きな声で叫び続けても、その声は誰にも届かない。
承認欲求を満たすために歌っているわけではない。本当に歌が好きなのだ。しかし、歌えば歌うほど孤独を感じる。この世には自分の歌の居場所がない。クリエイターとして、とてつもない孤独感だ。
何度も諦めようとしたが、本当に諦めた最後の瞬間に運命的な出会いがあった。カナタ君が全力で叫ぶ。「あなたの歌が好きです!」と。
カナタ君は少し違っていて、中学時代、絵のコンクールで親友の外崎の絵が県知事賞を受賞した時には深く絶望したが、その絶望を引きずることなく、MV作りという新しい道を見つけてポジティブに取り組んでいる。MVのできがよかったおかげでヒットした作品も多く、カナタ君は自分の技術に十分に手応えを感じている。
二人に共通しているのは、自分の創作物で人を感動させたい、感動を分かち合いたいということだ。だからオリエ先生は初心を思い出し、心の扉を少し開いた。
カナタ君がオリエ先生のために最初に作ったMVは、素晴らしい出来栄えだった。塔のようにそそり立つ雲、健気に前を向いて突き進むヒロイン。エールは明るくあるべき。しかし、そのポジティブな描写が、オリエ先生にはとても眩しく、痛々しかった。自分の歌はカナタ君には届いていなかったと感じてしまった。分かってもらうことを期待していたわけではないが、いったん鎮まっていた絶望感が再び呼び起こされた。
歌には歌の命があり、それは生みの親であるクリエイターの命とは別だ。そのことに気づける才能がカナタ君にはある。彼は、彼女の歌が本当に好きだった。だからこそすごく悩んだ。
邂逅の後、作り直したMVも良かった。「オリエ先生の気持ちが分かる」という程度の慰めではなく、カナタ君自身の逡巡も投影された、お互いに傷つきながらも最後まで強く共鳴しながら寄り添う演出だった。「諦めずに歌い続けてほしい」という思いを数分間、一旦置いて、作品の世界観に没入し、自由に強く描きつけた。オリエ先生が見たことのない景色を引き出したのだ。
ヒントを与えたのは中川さん。気づいた瞬間、カナタ君は全力で走り出した。彼は仲間に恵まれていた。
才能とは何か、それは描かずにはいられない、歌わずにはいられないということだ。外崎君もそうだったから、オリエ先生の気持ちを理解していた。理解はしていたが、どうすればいいのか分からず苦悩していて、カナタ君には問いかけ半分の中途半端な言葉しかかけられなかった。その問いかけ半分の言葉が、「君には分からないだろうね」とも聞こえてしまうことがある。それがカナタ君には「上から目線」に感じられた。こういうことは現実にもよくあることだと思う。自分も、言う側としても言われる側としても気をつけたい。
天才と呼ばれる多くのクリエイターは、何度も絶望を繰り返してきた人が多いと思うが、カナタ君はオリエ先生や外崎君の存在のおかげで、絶望を味わうことなくクリエイターを目指していけそうだ。深い絶望を体験しなければ本物のクリエイターになれないというわけではない。うまくいかず、とりあえずサラリーマンになるかもしれないが、それでも日常を楽しみながらポジティブにMVを作り続けることができるだろう。
オリエ先生もカナタ君と出会って気づいた。自分の歌に深く感動してくれる人が、少なくとも一人は確かにここにいる。絶望しなくていいのだと。そして、また歌うことを再開した。
自分も思い出すことがあって、胸が詰まった。すぐに映画館を出られなくて困った。
「CGっぽい動きが気持ち悪い」
「私は好き」
匿名の視聴者の飾らない一言がエールになる。
数分間に限らないエールをもらえた
話としては新鮮ではありませんが、MVと音楽と絵画の創作を軸として描いているのは
私好みですし、絵柄や3DCGでの表現についてのチャレンジも好感が持てました。
冒頭書いた通り、話の流れは読めてしまうものの、
キャラクターが演じる真摯さには胸を打たれますし、
諦めることの絶望感を払拭するほどの、やりがい、生きがいを感じさせる
主人公のエールは、劇内のみならず劇場の観客にも届いたと思います。
少なくとも私には届きました。
ものづくりへの真摯さという点では、別作品にはなりますが『ルックバック』とも
共通するものを感じました。
ものづくり=仕事や趣味 でも通じますね。
仕事帰りに鑑賞しましたが、元気が出ました。
明日への活力になりました。
欲を言えば、エンディングテーマ(主題歌)は、織重 夕 の楽曲がよかったな〜。
そこがちと残念でした。
今後もこういうチャレンジングな作品がつくられることに期待しています。
あともう一歩
グラフィック、楽曲素晴らしかったです。
登場キャラクターは少ないですが魅力的に仕上がっていました。
3Dモデルの動きは細かな表現までこだわりを感じました。
モデルデザインは海外チック?
Xbox などのゲーム作品でよく用いられるようなポップな感じでリアリティーではなく明暗くっきりとして、その上に細かな線を上乗せしています。
ここは好みが別れるかも知れませんが私は好きです。
映像、楽曲、MVという点においては非常に素晴らしい作品だと思います。
ストーリーは青春、クリエイター的な観点でまさに王道という感じです。
良く言えば王道なのですが、よくある誰もが一度は考えたことあるようなシナリオです。
つまらないということはないですが、、、
1時間少しの作品にしては上手くまとまっていると思います。
評価は辛口かもしれませんが作品としては好きな部類です。
ルックは素晴らしい
●映像に関して
各カットイメージボードのような綺麗な色使いをしていて、とても画は綺麗だった。
ただし、アニメーション表現に関しては難あり。ストーリーが求めているギャグ感をアニメーションで表現しきれてない。キャラクターが所々、手描き?のパカパカアニメに切り替わりギャグ的な表現はカバーしていた。しかし、あまりにもパカパカすぎて、それ以外のヌルヌルアニメと合っていなかった。しかし、ギャグ表現で欲しいのはこの動きや表情でありそれを3DCGで表現しきれてないのは非常に残念。
雨の雫など所々にコマを抜いたリミテッド表現を感じるのに、肝心のメインキャラクターはほぼフルアニメで動いて見えて違和感を感じた。
髪が揺れてるのに顔にかかる髪の影が揺れてない。頭しか見えないところでシルエット的に人間の頭だと認識できない。
など違和感を感じるカットもチラホラ。
ただし、MV制作途中のコンピュータ内で映像を作り上げていく一連の描写は非常に良かった。
●ストーリーに関して
非常に単純明快なストーリーで話の流れも良い。ただあまりにも安直すぎるなと思った。
主人公が気づくべき大切なことを全て他のキャラクターが口で教えてくれるのだ。
例えば、先生のために1回目のMVが何故ダメだったのか。これをご丁寧に親友が口で説明してくれる。同じ境遇だから気づけたっていうのは分かるけど、意見を衝突させ喧嘩して、苦しみの中で主人公が自分で見つけないとダメなのではと思った。
主人公の長所は同級生?の女の子のために作ったMVに対しての評価をきっかけに、これまた口頭で教えてくれる。「応援されてるみたい」なMVなのが良いところとのこと。それは話の流れ的にも自然だし良いと思うけど、女の子に教えてもらうんじゃなくて、女の子のためにMVを作る中で自分でキッカケを掴んでいたほうが自然だったと思う。
実際は1回目の先生のMVが不発だったショックの最中に作られてるので、劇中では制作途中の描写が省かれ、気の抜いた状態で作った様に見えてしまう。それなのに高評価だったということは、「応援」という要素は主人公の根本にあるもので1回目のMVにも含まれていたのではないか。
だとしたらこの自分の良さへの気づきは何のためにあるのかなぁとかツッコミどころではある。結局完成した映像は、親友から教えてもらった内容を親友自身の状況と照らし合わせる形になった。ダメとは言わないが、あまりにもそのままそのままだなぁとは思った。
ストーリーライン自体に大きな違和感を感じたわけではないが、単純明快にしすぎて端折った部分に大切なものが隠れていた気がしてならない。
拒否していた人を動かしたなら、責任も生じる
前半は感動した音楽のMVを作りたい。そのメイキングビデオ風で楽しく思えた。
でも後半はそんなMVを拒否され、MVを作る理由を聞かれ、再度MVを作る。
しかし68分の作品。一応長編映画であるが、尺が短すぎる。
いくら主人公(朝屋)が感動してもその曲の投稿再生数は数百回、多くの人には届いていない。先生は学校を辞めた。たぶん音楽を再挑戦するのだろう。たった一人がエールを送って、そのエールに応えたのは彼女だが、ちょっと無責任すぎる。
朝屋がここが良かった他はどうか、意見のぶつけ合いがあってもよかったと思う。映画内の友人を含めた視聴者がどう思ったのか。世間に受け入れていない理由を考えないと次には進めない。
本作で歌われる曲は、一聴ではすごく良いと感じた。しかし、である。
古い人間の私には、イントロ無い、間奏短い、ラップ無い。一本調子に思えた。
石川県(羽咋市)を舞台にするのならもっと色々な所を出して欲しい。
クリエイターにエールを
ミュージックビデオ制作が趣味の学生とミュージシャンの夢を諦めた先生の話。
ヒロインが転校生なら王道だけど、ちょっと外してて、恋愛描写もほぼなし。
短いながらもメリハリの利いた展開で面白かった。
3DCGは苦手なんだけど、今作は他の3DCG作品とは違ってほとんど違和感を感じなかった。独特の色彩とライティングのおかげ?
創作の過程をファンタジーで表現しているところなど、ポンポさんっぽさを感じる。
物語としてはクリエイターには身に覚えのありそうな話なので、共感できる人には刺さるはず。
しかし主人公全然勉強しないな(笑)
うにょうにょ動く3DCGがどうも苦手
でしたが、PV制作以外何も出来ない主人公が雨の日にたまたま見た路上ミュージシャンに惚れこんでPVを作る為に紛争する話。
その路上ミュージシャンが偶然にも自分のクラスの担任...副担任だったっけ?偶然が過ぎるかと思ったけど、主人公が「 こんな偶然無いよ! 」 ってメタ発言してたからそれはいいや。
また、先生の歌声がいいんだよねー!ごくたまに歌がテーマなのに肝心の歌がうまくないという作品があるけど、喋る役者と歌う役者は別にクレジットされていました。
惜しいのは1番のキモの先生のPVなんだけど、繰り返しの演出だって、もぉ、ちょっと色々なシーンを見たかったなと思いました。自分の人生を歌にかける人達って素晴らしいですね。ポップすぎる絵で敬遠する人もいるかもしれませんが、よく出来た青春映画でした。
若者へのエール
すでに折り返しを過ぎているが、なんとなく(笑)勇気をもらった。
モノづくりは好きで、自分は人を相手にするよりコツコツ作る方が向いていると思い、本当は何かの職人になりたかったが、結局何も作らない仕事をしている。
諦めないで夢を追いかける。
その夢さえもわからない若者達。
悩みは尽きない…よね。
羨ましいのはその可能性。
自分達が若い頃にはなかったモノに溢れている現代の若者達。
違う道へ進んでもまだまだやり直せるじゃん!と言いたい。
人を元気にしたい。
勇気づけたい。
理想論だし、そんなことなかなか口に出せないものなのに、彼方君は言っちゃうんだね。(笑)
この勢いでクリエイターの道へ進むのでしょう。
素晴らしい友を持ちながら。
音楽もアニメーションもすばらしかった。
創作
初志貫徹、初心忘るべからず。同じ物に熱を注ぎ続けることは容易なことでは無い。それでも帯びた熱を何かに注ぎ続けるのか、はたまた内に秘め新しいことへの活力へと昇華させるのか。先の見えない道の中で、単位の違う膨大な物差しから受ける評価と、多すぎる分かれ道の選択を迫られた時、何を頼りに進むのかは人それぞれ。後ろを振り返って、拙くてもぼやけていても、積み重なった自分の中から生み出してきた物がヒントになることもある、というのが伝わってきた作品だった。3DCGはあまり得意ではないけれど、制作陣のメッセージは受け取れた気がします。彼方同様まだ始まってもいないけれど、とりあえず創ってみようという気持ちになった。
何かがきっかけとなって、人の心に残るモノがあります。この作品は、路上ライブで出会った男女の創作活動に向き合う姿が描かれます。
最初は観る予定していなかったのですが、モノ造りに関する
お話なのと、脚本の担当が「宇宙(そら)よりも遠い場所」
の人と知って興味がわき鑑賞することに。 ・_・シマシタ
音楽。そしてMV(ミュージックビデオ)。
音と映像の違いはあれど、モノを創り出す仕事です。
その創作の世界にハマった二人が主役のお話です。
#一人は朝屋彼方くん。高校生。MV作成に励んでいる。
#一人は織重夕さん。 音楽家。出会った翌日は英語教師。えっ?
ミュージックビデオ作成の魅力にどハマり真っ最中。
とにかく色々なものを題材にMVを創りたい男子高校生。 と
何年も音楽制作を続けてきたものの、自分の才能に限界を感
じて活動を止めることにした女性。
二人の出会いは、雨の夜。
町を歩いていた彼方の耳に聞こえてきたのは、女声の歌声。
雨の中、一人で路上ライブの演奏をしていた。
心を掴まれるものを感じ、思わずスマホで録画する麻屋彼方。
演奏終了後、演奏者の女性に思わず声をかけてしまうが
逃げられてしまう。 (” ナンパじゃないのに… ”)
次の日の学校。
新たにクラス副担任となった新任教師が教室に入ってきた。
副担任と英語の授業を担当するというその女性は誰あろう
昨夜の路上ライブの女性だった。
放課後に職員室を尋ねるが、帰ったと言われてしまう。
何としても、昨夜のこと(=演奏に感激したコト)を伝えたい。
どこにいけば会えるだろうか…
思い立って出かけた公園に、織重夕は居た。
昨晩のコトを説明し、あの曲でMVを創りたいとの想いを伝える。
だが、彼女は良い返事をしない。
というのも、昨日の路上ライブを最後に
彼女は音楽活動を止めるつもりだったからだ。
自分がどんなMVを創れるのかを観て欲しい とアピールする彼方。
説得の末、夕の曲でMVを創ることを認めて貰えた。
どんな映像を創ろうか。
歌詞から連想されるイメージをキーワードにしてみる。
ああでもない。こうならどうだ?
あれこれと、思い悩みながらも制作は進む。
ようやく感性したMVを彼女に送り、どうだったかを知りたくて
再び公園に向かう彼方。彼女はいた。
” 自信作が出来た。きっと彼女の心にも届いたハズ… ”
MVを観たかと聞くと、「見た」という。
安堵の表情を浮かべる彼方に織重夕が尋ねる。
” 彼方君は、私の曲を本当に聴いたの? ”
もちろんそうだと応える彼方に、織重夕が告げる。
” このMV 公開を認めることは出来ない ” と。
理由を訊いても応えてくれない。
果たして彼方は、閉じてしまった彼女の心を再び開くことが
出来るだろうか。
…
…と
こんな感じのお話でお話が進みます。
この作品、
創作活動のゴールに辿り着いた女性と
創作活動のスタート地点にいる少年との
創作活動にかける想いや情熱が交錯し、
作品に込めた気持ちがすれ違いながらも
ひとつの方向を向いていく。
そのひとコマを切り取って描いた作品です。
MV制作の過程が見られたのは新鮮な感動。
悪くはない。…のですが
もう少し、エンディングに至る展開に納得感が欲しかった
と言うのが正直なところです。
( ※ という気持ち、鑑賞後から時間が経つに連れて強くなってます)
◇あれこれ
■絵柄について
輪郭線の無い、淡い色彩の絵柄。
冒頭数分観た時点では、わたせせいぞうさんの絵柄が頭に
浮かんでおりました。
もっとも、キャラクターのデザインは全く似ていませんので
あくまでも色塗りについてのみの感想です。・_・
■石川県が舞台
…との事だったのですが、特に石川県を思わせる風景等は
見当たらなかった気がします。(見落として無ければ)
制作スタッフのどなたかが石川県出身とかなのでしょうか?
■入場者特典
ピックでした。ギターの弦を弾くヤツ。
最近の入場者特典、小型軽量化してますね。ハガキとか。
何の作品だったか忘れましたが、手ぶらで観に行った作品の
特典が” A4サイズのクリアフォルダ ” だった事があります。
嬉しいというより、持て余した記憶が… @-@
※「碁盤斬り」の特典は小判でした。 小判 …の写真・∇・
◇最後に
夕の、創作活動を止める決断は重かっただろうと想像します。
創作活動を再開する決断は、もっと重かったろうとも思います。
” また会いましょう。 次は創作の現場で ”
教職を止め、学校を立ち去る際の、夕の最後のセリフ。
一人の高校生に掛ける言葉としては、重すぎな気がします。
一人の高校生の行動をきっかけに職を辞す というのも同様。
彼方がこのセリフの重みを本当に受け止めきれるのだろうか と
心配でなりません。(老婆心以外の何者でもないです)
その辺りに現実感を加えるエピソードがもう一つ欲しかったかも
と、そんな気がしています。たとえば
「彼方クンが高校を卒業したら、私の101曲目にMV創ってくれる?」
こんな展開があっても良かったかも。 …はい、妄想です。・-・
☆映画の感想は人さまざまかとは思いますが、このように感じた映画ファンもいるということで。
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