「『世界ネコ歩き』とは一緒に観ない方がいいかも」五香宮の猫 TRINITY:The Righthanded Devilさんの映画レビュー(感想・評価)
『世界ネコ歩き』とは一緒に観ない方がいいかも
岡山県瀬戸内市の港町、牛窓にある五香宮神社。
沢山の猫が居着くために猫好きの間で有名な現地に在住する想田監督が、地元の様子や住民の声を独自の視点で丹念に追ったドキュメンタリー映画。
冒頭、近づき過ぎたカメラのマイクにじゃれる猫は、おそらく「ちゃた(茶太?)」。無邪気な様子にほっこりするが、監督宅に押し入ろうとする場面があとで何度か登場する。
2021年に21歳半で死ぬまで自分が飼っていた猫は、以前仕事の関係で住んでいた木更津で保護した猫。
五香宮ほどではないが、猫の多く住む地域で、アパートの廻りには、常時5~6匹かそれ以上の猫が屯ろしていて、その何匹かは一度でも構ってやろうものなら、外出や帰宅を待ち構えては隙を見て「不法侵入」を繰り返す。
作品に登場するちゃたも含め、こういう子たちは間違いなく元飼い猫。扉の向こうに野良猫の生活より快適な空間があることを知っているのだ。
一方、猫を連れて戻ってきた地元京都市は猫好きには厳しい環境。今では野良猫の餌やりに最高五万円の罰金を課す条例が施行されている。
原因は餌をやる側のマナーの悪さ。すべての責任を観光客に押しつけるつもりはないが、同様の事情が作品中でも話題にあがる。
映画『五香宮の猫』は自分にとって経験したり感じたことのあるモチーフで満載。
猫を飼った経験があれば、同様の既視感に見舞われた人も多いはず。
去勢や避妊の手術費用は自治体の援助があるらしいが、五香宮に暮らす数十匹の猫の餌はボランティアの負担。コロナを挟んでキャットフードもかなり値上がりしたのでそれだけでも大変なのに、餌やりを快く思わない住民は「餌をやるんなら糞にも責任を持って」と猫好きの住民に要求する。厳しい意見だが、言ってることは正論。
こんな狭いコミュニティにも存在する猫を巡る意見の相違を、21年に越してきたいわば新参者の想田監督はいろんな行事や集会に参加しながら、どちらかに肩入れも突き放すこともせず、会話の中からそれぞれの想いを丁寧に拾い上げる。
作品終盤に登場する倉敷から来た老カメラマンの意見も卓見。
「有名になって人が集まれば猫を捨てに来る者だって増える」という彼の話どおりのシーンで映画は幕を引くが、同時に死んだ猫が10匹以上にのぼることも紹介(住民に安否を心配されていた猫も含まれているし、死体を埋葬するシーンも)。
ナレーション付きBGM付きのパラダイスのような『岩合光昭の世界ネコ歩き』には描かれない、野良猫の不都合かつ不幸な真実も、想田監督は遠慮なく映し出す。
同じ劇場で公開されていても、本作と『ネコ歩き』を同時に観ないことをお薦めする。
あまりの観点の違いに、『ネコ歩き』で得られる筈の幸福感が減滅してしまう可能性があるので、観るなら日にちをずらして観賞した方がいいかも。