「綻び」ビニールハウス レントさんの映画レビュー(感想・評価)
綻び
ある一つの出来事をきっかけに、誤った選択をしてしまったがため破滅へと突き進んでしまう事態に。人生においては何をやっても裏目に出てしまうことがある。そんな負の連鎖を描いた作品。
主人公ムンジョンはビニールハウスで暮らす訪問介護士、一人息子は罪を犯して少年院に、実母は認知症で施設に入っている。彼女自身は知らず知らずに自傷行為を繰り返していた。
そんな境遇でも介護先では献身的に介護を行う、しかし同じく認知症を患うその家の奥さんからは日々罵倒されていた。
恵まれない境遇ながらもけなげに生きようとする彼女の精神はもはや限界だったのかもしれない。そんな彼女に追い打ちをかけるように悲劇が訪れる。
予告編で感じたほどサスペンスフルな展開ではなく、結構静かに物語は進む、途中眠気に襲われるほどに。でも奥さんの死体を運ぼうとしてるときに盲目の旦那さんが帰ってきてしまったりと結構スリリングなシーンもあって楽しめる。この辺のセンスは確かな監督。
誤って死なせた奥さんの代わりに自分の母親を盲目の旦那さんにあてがうムンジョン。このシチュエーションを聞いただけでも思わず笑ってしまいそうになるけど、実際には全然笑えない。
正直に事の顛末を話せばあの旦那さんならわかってくれただろうし、罪には問われなかったかもしれない。ましてやその後、己の認知症を悲観した旦那さんは妻と心中を図るわけで、結局身代わりに自分の母親が殺されてしまうというなんとも皮肉な結末に。
客観的に冷静に考えれば彼女は愚かな選択をしたと傍から見れば思うわけだけど、彼女の精神状態から考えれば正しい判断が可能だったかは疑わしい。あまりの事態に冷静な判断力を持ちえなかっただろう。
苦心してやっと息子と暮らせる家を手に入れ、ビニールハウス暮らしともおさらば。証拠となる奥さんの遺体もろとも焼き払うが、そこには少年院を退所したばかりの息子が忍び込んでいた。
またムンジョンが助言をした同じグループセラピーに通う女性もその助言通りに相手を死なせてしまい、警察には当然彼女からの助言に従ったと自供するだろうし。
不幸な境遇の女性が一つの出来事をきっかけにして更なる不幸に陥ってしまうこの救いようのない物語を通して、なぜ彼女は過ちを犯してしまったのか、彼女のような社会的弱者がこのような事態に陥ってしまうこの社会の在り方を問う意欲作。
通貨危機以後日本以上の格差社会になった韓国、不動産高騰による住居問題、実際に韓国ではビニールハウスを住居としている人がいることに驚いた。また障害を抱えた社会的弱者や高齢化問題、母子家庭の問題等々現代社会が抱えるあらゆる問題を詰め込んだ。本作がデビュー作となる若き女性監督を今後も応援したい。主演を演じたキムソヒョンはその女優オーラを消し去り不幸な女性を全く違和感なくリアルに演じきった。日本の女優さんでいうところ筒井真理子さんを彷彿。
ラストの絵はかなり好き。きっとイ・チャンドンの名作「バーニング」に触発されて作ったんではないか。
すみません。
私には優しさや思い遣りが、欠けていました。
レントさんのレビューを読ませて頂いて、
一つの過ちから坂を転がるように転落していく
弱い女性像が浮かんできます。
私はどうしてもリアリズムの映画しか受け入れられなくて・・・。
「バーニング劇場版」との類似を書かれていて
嬉しかったです。
共感ありがとうございます。
レントさん、拙レビューへのコメントありがとうございました。
レントさんの本作についての真摯な解釈は共感するのです。
ただ小生は、本作最初は真面目なドキュメンタリータッチの作品かなと思って観はじめたら段々普通のクライムサスペンスのルックを呈して来て、それじゃエンタメ路線に過ぎないだろ。弱者を犯罪者にして喜んでいるだけだろ、と感想が怒りに変わってきてしまったという訳なのです。
日本では、障がい者施設で実際に起こった殺人事件を扱った『月』でさえ批判的意見が多いぐらいです。なぜ本作は許されるのか、まだ納得がいかないのです。