「人間という動物は、自分より強い誰かに導かれたいと願っている」ソウルの春 sow_miyaさんの映画レビュー(感想・評価)
人間という動物は、自分より強い誰かに導かれたいと願っている
今回の突然のユン大統領による非常戒厳の宣言にはびっくりした。
その前の非常戒厳は1979年10月のこと。
朴正煕大統領の暗殺事件を期に韓国全土に渡って宣言された。
その年の12月に起きた、全斗煥の軍事クーデターを「フィクション」と断って描いたのが、この「ソウルの春」。
非常戒厳は宣言されていたけれど、参謀総長や大統領をはじめ、民主的な手続きを大切にする人はいたのだという描き方をしつつ、全斗煥の無謀とも思えるクーデターが、事なかれ主義や保身第一の陸軍上官たちの判断の鈍さで、あれよあれよという間に成功してしまう様が描かれていた。
日和見で、年長者のハナ会のメンバーたちが、オロオロしながら全斗煥にくっついていく。本当に腹が座っているのは、全斗煥と盧泰愚だけ。
「人間は命令するのが好きだと思うか? 人間という動物は、自分より強い誰かに導かれたいと願ってるんだ」というセリフが刺さる。
思考停止の方が楽なのは事実。そして、代わりに差し出すものの大きさは、直接目には見えにくい。それゆえに、映画で描かれている、面倒なことを避けて保身を図ろうとする国防長官や参謀次長たちのような振る舞いは、「あなたの中にも存在しているでしょ?」と突きつけられる思いだ。
そしてそれが、今では当たり前になっている投票率の低さだったり、政治についての無関心さだったり、そしてどこの国でも次々と誕生しつつある極右的な政党への支持につながったりはしてはいませんか?…というのが、「ソウルの春」という逆説的なタイトルをつけて、この映画が一番訴えかけているところなのではと思った。
事実、今回のユン大統領の非常戒厳に反対して国会周辺に集まった市民たちの多くは、50代60代で、若者たちの政治離れは韓国でも進んでいると、韓国政治の研究者が指摘していた。
一人一人がどのように思想や信条の違いを持とうとも、権力者の暴走に歯止めをかける仕組みと民主的な仕組みへの賛同は、意思一致できるはず。
そこを無闇に手放してはいけないことを、強く感じさせられた。
いつもながらですが、素晴らしいレビューですね
隅々までうなづいてしまいました。
>全斗煥の無謀とも思えるクーデターが、事なかれ主義や保身第一の陸軍上官たちの判断の鈍さで、あれよあれよという間に成功してしまう様
私もそれに唖然としつつ、全斗煥のキモの座りっぷりと頭のキレの良さ、そこから来るカリスマ性が良く描かれていたと思いました。
修羅場で勝つのは、なりふり構わないえげつないやつなんだとつくづく思いました。イ・テシンはカリスマ性はあるが清廉潔白正義漢であるがゆえに縛りが多く、効果的な手が不発か後手に回ったところがあると思いました。
(イ・テシンはモデルになった人はいるが実在の人物ではないようですね。)
緻密な作り込みで、長丁場をまったく飽きさせず緊迫感を持続させ、観客を置いていくことなくうまく状況を分からせた監督の手腕はすごいと思いました。
sow_miyaさん、仰る通りです。私は、政治家も含め韓国国民は民主化を自分たちの力で勝ち取ってきた、そしてこのような映画をつくることができるくらい過去についての反省と洞察がある、だから世界で一番、逆方向に戻ることがないと思っていました。なのでユン大統領のような人がまた出たことに少なからずショックを受けています。