「ちぐはぐな表現が目立つ、妄想を見るのはやめよう」劇場版「ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉」 SOMIさんの映画レビュー(感想・評価)
ちぐはぐな表現が目立つ、妄想を見るのはやめよう
この文章にはアニメ1期のネタバレが含まれます。
率直な感想として「伝えたいことは分かるが、それを活かして心を動かすには尺が足りていない」を挙げたい。
全体として比較的低い評価になるが、まずはこの映画の勧められる点を挙げる。
まず、レース表現としての豪華さは映画館で鑑賞することも相まって相当な迫力となっている。煌びやかなレース演出、固有スキルの再現のような表現は大画面で見るのに最適で圧巻だった。
また、110分という短い尺の中にこれでもかとウマ娘を詰め込んでおり、自分の推しが映画に出ているという事実をファンに与える分にはいいことだと感じた。
また、全体として話の構成は競馬やウマ娘に詳しくない人でも理解しやすい、比較的平易なものになっていたと感じる。そのため、映画をきっかけにウマ娘コンテンツに触れてみよう、という人は見て楽しめるものだと思う。
一方で、この映画には大小さまざまな構造的問題を孕んでいると考えている。
まず、キャラクターの心情を言動に落とし込むのがかなり不十分だと感じた。タキオンに関してはこれの例外で、Bプランに移行した後でも抑えきれない自らの走りへの欲求を様々な点から精緻に表現し、最後にはA'プランに向かうという昇華が出来ていると感じた。ポケットに関してもある程度の表現がなされており、例えばレース後のどこか虚しさを感じる咆哮や心の奥底にへばりついた諦めから来る影の自分など、ライバルと自分の能力に板挟みにされながらも成長していく心情をよく表していると感じた。
しかしながら、それ以外のキャラクターの心情は多少表面的には示されていようとも、それが言動に表れることが少なく感情移入することが出来なかった。全体としてセリフは少なく、今回新たに出たダンツフレームに至っては「自分には武器はないけど諦められない」以上の表現がなされていなかった。これでは、「そうなんだ」以上の感想は得られないだろう。
対極の例としてここではアニメ1期のサイレンススズカを挙げるが、スズカが故障後に最初に行ったレースで選んだ脚質は追込で、その心中も細やかに表現されていた。私はここに、史実を超えあの大ケヤキの向こう側に生き残り、仲間に支えられながら新たな世界に進む様を見出して大いに感動した。今回はそのような表現は(タキオン以外に)特になく、「走りへの想い」一辺倒というのが残念なところだった。
次に、タイトルにあるように表現がちぐはぐ過ぎた。例えばマンハッタンカフェの弥生賞は、あれだけヘロヘロな走りの表現をして史実ベースの順位だと4着である。5位以下のウマ娘は散歩でもしていたのか。同キャラの話をすれば、夏合宿期間から調子を上げて菊花賞に間に合わせたという表現だが、出走枠獲得のためのレースには出ていないようだった。この世界、もしかして6人くらいしか走っていないのではないか(ジャパンカップは沢山走っていたのでそんなことはないが)。
それだけならまだ描写の都合で省いたと言えるかもしれない。個人的に最も大きな問題として挙げたいのはジャパンカップの所謂モブウマ娘の所作である。作中、全員が勝つために全力を尽くしていることの表現かは分からないが叫び声を上げ始めるシーンがある。しかしその場面のレースは第二コーナーを抜け向こう正面に入ったばかりである。一体どこで本気を出し始めているのか。レースの演出を良くするのは分かったが、謎の場所で謎の気合を見せつけられても、観ている側からしたら困惑するだけである。
そして最後に突然歌い踊り始める。ウイニングライブであることはゲームやアニメを通じて当然理解しているが、何を伝えたいか分からぬまま歌が始まり、終わる。インド映画ならいいが、ウマ娘に求めているのはそれではない。GIRL's LEGEND Uと共に実装されたグランドライブシナリオであれば表現されていた歌に込める想いもそこにはない。アニメ1期であったスペのライブ失敗から来る、ちゃんとファンに感謝を伝えるための練習をしていたんだなという描写もない。一体何を伝えたいのかが分からないライブ映像だった。
この件に関する総評は、映画全体として存在するこのちぐはぐさが、没入感と高揚感に針を刺ししぼませて来るせいでテンションが上がることもなく、ただ困惑しながら豪華な演出を見ていた、と言える。
最後の問題点としては、とにかくウマ娘ファンを楽しませようとしたのかは分からないが、無駄に登場するキャラクターが多すぎた。足りない尺の中、二桁のキャラクターにセリフが付き十数秒の描写が大量に入るのであれば、もっと人数と時間を削りメインストーリーに(映画自体も客側も)集中できるようにするべきだと感じた。時たまその足りない尺を脳内で補間して無限のストーリーを生み出す方々もいるようだが、あくまで映画館では映画を見るのであって妄想を見るのではない。ストーリーを際立たせてのめりこませられるよう、いらぬ要素は削り前述の問題点であるメインキャラの心情描写を増やし、誰もが(妄想以外で)楽しめるようにするべきだと感じた。
総評として、まず尺が足りないこと、演出は豪華だが内容が軽薄でちぐはぐであることが目についた。ストーリー自体も焼き増しされた内容(これ自体は悪いとは思っていないが)であることから特に機微な内容に目が行き困惑した。妄想を見て無い内容を生み出せれば楽しいかもしれないが、映画を見に行ったのでそれらの記述には納得がいかず、それらがまた映画のちぐはぐさを思い起こさせた。決して手放しでお勧めは出来ないが、映像としてのクオリティは高いのでそちらに注目してみるのが正解なのかな、と思う。