「逃げていく女、つかまえられない男」チェンソーマン レゼ篇 PJLBNさんの映画レビュー(感想・評価)
逃げていく女、つかまえられない男
漫画チェンソーマンのアニメ化の一環で、テレビシリーズの続編という位置付けだが、まとまりの良いレゼ編が、映画として公開。初見の人でも楽しめる内容になっている。
原作者の藤本タツキ氏は大のシネフィルなので、絵の作り方や流れも含めて、チェンソーマンの映画との相性はとても良い。カットと話の展開がマッチしていて、ビジュアル含めて映像化には観るものに驚きと興奮をもたらしてくれる。
マキマとの映画デートを通して、この作品には最初からメタ映画的な視点が導入されている。人が笑ったり泣いたりする反応はけして作品の評価でもない。マキマとデンジが最後の映画を「面白い」とは言わないまでも、どうでもよいシーンで泣けたことが、その1日の価値だったと言えれば、一生忘れることがない。いまあなたが観ているこの映画に、そんなシーンはあっただろうか。
デンジとレゼの恋物語は、映画的なクリシェとしては、典型的な逃避行ものであり、それは必ず悲しい結末を迎えるものだ。女は何か不治の病にかかっていたり、家の問題があり、その問題ゆえに女は男にとって青春の一時期にしかないトキメキや感情を抱く。レゼの場合は、チェンソーマンにしては、「普通の女の子」を描くことがまずデンジにとって魅力ではあるのだが、作品のなかで他の女性と比較しても輝いている。
そして、その女は、魅力的であるからこそ、男は振り回されて、つかまえることができない。チェンソーマンのなかでは「殺される」というのがポイントだが、すでに恋としてShe killed him的にはデンジは彼女に首ったけではある。
チェンソーマン的な悪魔とデビルハンターの戦いはアクションやホラーとして楽しめるが、これはクリシェとしては女をつかまえようとする男が奮闘するシークエンスだ。ここにスパイスとして入るのが、田舎のネズミと都会のネズミのメタファーと、早川アキと天使のつながりである。田舎のネズミが良いというレゼ、天使は、二人とも逃れられない運命に縛られていることで、今いる場所、都会から平和で安寧の場所に行きたいと願う。それは逃れられない悲劇を暗示している。
天使は、死がすでに未来で確定されているなら、今を無理して努力するのが馬鹿馬鹿しいと感じているが、それを人が目の前で死ぬのを、自分の寿命を犠牲にしてまでそれを避けようとするアキに驚く。自分よりみずからの死を未来の悪魔から知らされているアキの行動に。
デンジの行動に感化されるレゼも、この天使がアキに動かされた姿に重なる。そして逃避行の映画のクリシェとして、このレゼの願いも叶えられることはない。レゼの最後のセリフが心に響く。何も知らずに取り残されるデンジもお約束だ。恋の終わりはいつも切ない。
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