スティーヴン・キング エイジ・オブ・パンデミックのレビュー・感想・評価
全15件を表示
キング氏を読んでみた
エイジ・オブ・パンデミック
――大地が見る夢、少女が見る怪物
驚くべきは、これが2024年の作品でありながら、堂々たるゴシックホラーとして呼吸していることだ。
スティーブン・キングの短編「トウモロコシ畑の子供たち」を下敷きにした物語は、古めかしい様式の闇を、現在の世界へ静かに接続する。
閉ざされた町、儀式めいた熱狂、信仰の歪み、そして人知の届かぬ自然――その古典的要素は、現代の不安の輪郭を深くなぞるために選び取られたのだろう。
I. ゴシックが呼び起こす現在
ゴシックとは、過去の遺構に住まう亡霊のことではない。
腐敗した土壌、止まらない収奪、どこにも還らない祈り――それらが連鎖して生む薄暗い感情の総体である。
物語は、農地の不作と町の疲弊から始まり、やがて大人たちが畑を焼き払い補助金に救済を求める決断へと傾く。
合理の名を被ったこの「焼き払い」は、世界の片隅で今日も行われている終末的な処方箋の縮図である。
II. 土地の腐敗と企業の影
背景に横たわるのは、除草剤と遺伝子組み換え作物がもたらした長期的な劣化という影である。
企業の論理が大地を疲弊させ、農民は収奪の連鎖に縛られる。ミツバチの失踪にまで想像は伸びていく。
ここで語られる「腐敗」は、単なる設定ではなく、倫理の疲れそのものだ。倫理が疲弊すれば、信仰は苛烈になり、共同体は儀式へと堕ちる。そこに怪物が生まれる。
III. 孤児院の祈りはどこへ行ったのか
町の孤児院で起きた惨劇は、大地が人間へ返した復讐として立ち上がる。イーデンと名付けられた少女は、その意志を受け継ぐ器となり、子どもたちの「裁き」は模擬の域を越えて現実になる。しかし――その現実を見ているのは誰なのか。
IV. ボーという鏡
この物語の導き手は、不気味な少女ではなく、ボレイン・“ボー”・ウィリアムズだ。
大学へ向かうはずの未来と、町に取り残される弟たちへの負い目。
心の原風景だったトウモロコシ畑の喪失と、子どもたちを巻き込んだ過去の惨事――それらがボーの視野を侵食し、妄想という防御を生む。
ボーは怪物を見たと言う。
ボーはイーデンを止めようとする。
ボーは畑を焼き払う。
だが、焼却は救済か、それとも新たな幻視の燃料か。
ボーの視点がこの物語の焦点なら、イーデンはボーの内側に生まれたもう一人の自分――罰を与えるボーではないか?
抑圧された倫理が、苛烈な正義として彼女の内に擬人化されたのだとしたら、イーデンと対峙するボーとは、ボー自身が自分の正義と戦っている構図となる。
V. 指輪が消える瞬間、境界も消える
終盤、ボーが拾ったイーデンの指輪は、手のひらで消える。
それは、現実と妄想の境界が溶解する瞬間である。
指輪の消失は、罪の継承や儀式の完了ではなく、「わたしが見ているもの」そのものの崩壊を示す。
続いて襲い来る新しい怪物――最後の怪物もまたボーなのだ。彼女の内部に育った「正義」は、姿を変え、彼女自身を裁きに来る。
VI. パンデミックという予言
もしすべてがボーの妄想であり、真菌の影響がその引き金だったとしたら――この映画は、次のパンデミックの原因が目に見えぬ土壌の変化に潜むことを示しているのかもしれない。
流行るのは病だけではない。**正義もまた流行し、増殖し、感染する。**
そして、感染した正義は、しばしば最初の目的――救済――を忘れ、新たな加害者として振る舞う。
結び:焼き払うという祈り
畑を焼く火は祈りの火だった。
だが、祈りは火にくべられ、正義は怪物に育つ。
エイジ・オブ・パンデミックは、古い様式の衣をまといながら、今を生きる私たちの目の前で、倫理の疲れと正義の感染を描いてみせる。
それは予言であり、鏡であり、大地が見る夢の断章だ。
スティーブンキングの 「トウモロコシ畑の子供たち」が かっこいいタ...
大幅アレンジは良いのか悪いのか…
個人的にスティーヴン・キングの物語は実写化が非常に難しいのではと思っている。もし自分が監督なら絶対断るはずだ。と言うのも、キングの絶妙な台詞回しだったり、独特な文章を読むのが楽しいからだ。映画では勿論そんな表現は出来ない。そこから既に"ワンランクダウンした"状態で鑑賞する事になる。一方で作者同様に個性の強すぎる監督、スタンリー・キューブリックが描いた「シャイニング」は、キングが"最低の実写化作品だ!"なんてブチギレる事になった。
本作は現代に合わせて解釈等を一新しているが、基本ストーリーは同じである。閉鎖された環境で暮らす人々の中で、事業が上手くいかず争いが起こる大人たちと、そんな生活に嫌気がさした子どもたちが分断していくのである。恐らく日本では鑑賞不可だが、10作近くも製作されている長寿シリーズである。どこにどんな需要があるのか知らないが、知る人ぞ知る「クロウ」シリーズも4、5作作られているのと同じくらいマイナーな状況である。
子供の遊びにしては残酷なものだった…程度の物が殺人に切り替わるまでの演出は不気味で良かったが、全体的に緊迫感が薄く、子どもらのボスであるイーデンもただのクソ生意気なガキ感が強く、"怖い"とかの感情はあまり感じられなかったのが残念である。ややグロめな本作だが、後半の展開含め、本当に"今風"な仕上がりであった。それが良いか悪いかは分からないが、昔やったのをそのまま描いたら成功はしないだろうし、賢明な判断だったのでは無いだろうか。だが、長寿シリーズの宿命なのかホラーファンなら誰もが知っている様な作品だとやはり他作品と比べると圧倒的に目新しさが無く、地味という欠点がある。全体的にはキング原作の実写化の中では次第点か少し下位だろうか。
最後に、「チルドレン・オブ・ザ・コーン」では無く、何故「エイジ・オブ・パンデミック」という邦題にしたのかが非常に気になる。
最後の「歩くもの」がイーデンに取り憑いてクリーチャーになったところはわくわくした✨
一応パンデミックなの?
この作品が9回も映画化されているってところが凄い!今作ではリブート扱いされているが、スマホを使ったりして時代をちょっとだけ反映させたくらいなのだろう。遺伝子組み換えの社会問題も扱ってはいたが、大人たちは大企業に反発することもせず、逃げようとしていたんですね。
イーデンが幼い割りに子どもたちのカリスマ的存在となり、大人たちの攻撃を開始。裁判とうたってはいるが、イーデンの独裁者ぶりが怖いのです。コーンの怪物「歩く者」なんて全然怖くないのにね。
大人たち、子供たち、そして中間層というべき高校生たちがいる。大学進学のため町を出て行く予定のボーリン(エレナ・カンプーリス)が可愛いのですが、両親への愛があるため子供たちの蛮行には否定的。やがて起こる惨劇から逃げだそうとするのだが・・・
ラストがちょっとやりきれない感じで喪失感いっぱいになった。まぁ、残虐なシーンにおいてはどことなくユダヤ人虐殺のシーンなんかを想起させたし、馬を使った首つりシーンは痛々しくて見てられなかったくらい。こわっ!
原作は読んでない
過去のキング映像化作品は誰のせいかは知らんけど、明らかな駄作も多い。
今作品がそうなのかは観る人によるだろう。
コーン畑の怪物とそれに魅入られた子ども達がバカな大人に反旗を翻す…と大まかな所の説明はまぁ置いといて
時代背景から子どもの権利に力が入っている時代じゃないし、アメリカの農業を司る分野は種苗を産み出す巨大企業に牛耳られており、金もない田舎の大人たちに何か良い案がでるはずもない。
子どもに共感したのか子どもが共感したのか、コーン畑の怪物に力を得た子ども達がかなり無理矢理な残虐性を見せて、大人達を惨殺していく。
怪物と繋がっているイーデンちゃんが中々オーバーな演技で頑張っていますが、怖さと言う点ではこの作品は弱い。
作品の都合上、頭の回転が鈍い大人がばっさり殺られてしまうので、この人達は何やってるの?みたいな気持ちになります。
コーン畑の怪物も姿を見ると想像よりずっとショボく感じてしまったので、“怪物抜き”で良かったのではと思う。
ラストはどう転んでもあんま面白くなりそうになかったのに案の定…。
私がもう一回観ることはないでしょう。
キング作品の中でも映画化の難しい原作の残念な失敗作
他作品のレビューでも書いたのだが、キングは文章が天才的に巧みで、どんなに無茶苦茶な設定でも読者を引きずり込んでしまう魔力を持っている。だが、その文章の魔術は映画に引き継がれる訳はないので、彼の作品の映画化には独特の難しさが伴うのだと思う。
本作などその典型で、トウモロコシ畑の影響で町の子供たちがいっせいに大人に反乱を起こして、次々に殺しまくっていくというストーリーには、リアリティのカケラもなく、したがってまったく怖くないのであるw
だから、子供たちの誰がリーダーで、どんな大人にどんな殺し方をしても、は~wという苦笑しか出て来ない。ここはもっと、子供たちが異常性を発揮する端緒とか、それを増幅させていく経過を念入りに描けばよかったのにと思うが、そもそも映画化すべきではないのでは、という気もする。
ダメ大人への子供たちの反乱 トウモロコシ畑の秘密 キング原作映画のイケてない方
かつてはトウモロコシの栽培で栄えたが、今はすっかり寂れているアメリカ・ネブラスカ州の町、ライルストーンで、大勢の子どもたちが巻き添えになり命を落とす事件が起きる。
その中で生き残った少女イーデンは、トウモロコシ畑に棲むという異形の存在を信奉していた。
やがて、子供たちは大人たちを相手に血で血を洗う暴力と惨劇を始めるのだった。
あのスティーヴン・キング原作「トウモロコシ畑の子供たち(Children of the Corn)」を大幅アレンジした作品。
悪徳農業関連企業と、目先の金に目がくらんだ大人たちのせいで、トウモロコシ畑は壊滅状態。
さらに孤児院での凄惨な事件によって、ますますすさんだ町は、大人は荒れくれ放題、DV親だらけ。
そんな大人たちに対する子供たちの反抗が、うまく描けていないのが残念。
反抗する子供たちがリーダーに従う様子に全く説得力が無い。
さらに、なまじCGで何でも描けてしまうことがあだとなって、トウモロコシ畑のアレのCGが、ただただチープすぎる。
畑に撒かれた毒性の農薬の粉塵を吸ってしまうと、精神に異常をきたして幻覚さえ見えかねない、というセリフから、もしかして、畑のアレも、子供たちの行動もそのせいかもしれない、というもっともらしい?理由を話しに生かし切れていないのが残念。
もっといろいろ考えて、話を練り上げて脚本を書けば面白くなっていたかも知れないのに。
最近、そういう映画が多くて本当にもったいない。
ネブラスカ州1番のトウモロコシ♪♪
孤児院で起きた哀しい事件を生き残り、生まれ育った町のトウモロコシ畑を愛する少女が、町と畑を捨てようとする大人達にエゲツ無い仕打ちを…といった物語。
大人達に歯向かう少年少女を描いたダークファンタジー。
モノ言いは強かだが、そんなに魅力的にも見えないイーデンに何故皆従っているのだろう…
なんて疑問もありつつ、大人達に対する凄惨な攻撃が始まり…。
子供たちだけでどうやってここまで連れてきた⁉とか、どうせお前ら3日もすればインフラとか飯とかで後悔するぞ⁉…なんてツッコミはご法度ですかね。
歩む者はモロコシ毒素の産物?でも実際殺◯とかしてましたからねぇ。てか、イーデンと敵対したものの、ボーリンも畑存続派だったんだから襲わなくても…。
そしてあれだけ言ったのにそれ渡しちゃうとか、イーデン詰めが甘すぎ!!…等々思うことは多々あれど、終始スリリングだしそこそこビビらされるし、それでいてワンポイントで笑わせに来るとか反則ですw
また助けを乞うような微笑みや、一転絶望的な表情等、イーデンの一挙一動に踊らされる牧師さんが印象的。結局別の罪って何か言ってたかな?
ダークファンタジーは好きだし、サクッと見れる作品として面白かった。
短編は短編で。
モロコシ菌
養護施設で起きた悲惨な事件の生き残りの少女イーデンが、トウモロコシ畑を捨てようとする大人達に反逆する話。
模擬裁判という割には単にイーデンが言うことを聞くだけの子どもたち。
しかも最初のヤツは仲間じゃないのか?
不快さはとても良いけれど、特段賢い感じもないしカリスマ性がある訳でもないし、恐怖で支配している感じもないのに何で?という違和感がついて回る。
いきなりオカルトな流れになって、イーデンの妄想が現実になっているという様な言い回しはあったけれど…。
最後もそれでイーデン以外は?という感じだし、納得感がイマイチで、それなりには面白かったけれど何でもありのオカルトファンタジーホラーでしかなかったのか、と少し残念。
全15件を表示












