劇場公開日 2024年9月13日

「「愛してくれたから愛してあげた」は傲慢な台詞ではない」スオミの話をしよう しおちゃんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5「愛してくれたから愛してあげた」は傲慢な台詞ではない

2024年9月22日
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鑑賞方法:映画館

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スオミの話をしよう は、スオミが何がしたかったか、とか誰を一番愛していたのか?とかいう主題の話では全く無い。
「相手とのコミュニケーションを円滑に進めるために相手が望む自分を演出してしまう」これは誰にでも当てはまることだと思う。
こう答えて欲しいだろうから賛同しておこう、とかあんまりここ行きたくないけどみんなが行きたいって言ってるから一緒に行こう、とか。そこには自分の意志のようで自分の意志ではない決定が日々積み重なって、そしてある日「全部が無理」となり爆発して霧散する。でも、爆発された側は理由がわからない。これまでの日々も上手く話し合って折り合いをつけてきたつもりだから、相手が全部本心で自分と向き合ってくれてると信じて疑っていないから。
そんなわけあるはずないのにね。
それがスオミと夫および元夫たちとの関係性だ。

スオミに救いがあるのはその時の気持ちに「嘘」は何一つないこと。演技、演出してたかもしれないが、嘘は言ってない。
「結婚」となると誰しもが永遠の変わらぬ愛をお互いに持っていると思うけど、なぜそう思い込めるのか。
「好きかどうかわからないけど、とりあえず付き合ってみる」はよくあることだし、その過程で嫌われないように相手が望むように対応してしまうのも相手のことを慮ればこそしてしまうこと。気持ちに反して「最適解」を答えるようにしてしまう。ゲームの選択肢で相手の好感度を上げるかのように。

「相手が愛してくれたから、私も愛してあげた」
スオミの想いはすべてこの一言に集約されるし、これ以上でも以下でもない。これ以外はなんの気持ちはない。それを不誠実ととるかはその人の価値観次第だと思う。
わがままな女に翻弄された男たち、というより相手に合わせ続けて自分自身に翻弄されたスオミが、全部リセットして自分に素直になる話なんだと思った。

しおちゃん