「心がふれたがってるんだ。」ふれる。 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
心がふれたがってるんだ。
ますますヒートアップする日本アニメ戦国時代の昨今。
ベテラン、老舗、若手、新鋭…様々な才あるクリエイターやスタジオがしのぎを削る中、このチームも極めて高い人気と評価を誇る。
監督・長井龍雪、脚本・岡田麿里、キャラデザイン・田中将賀。『あの花』『ここさけ』『空青』で知られる“超平和バスターズ”。
今回その名義ではないが、3人が4度結集して贈る最新作。
青い海と豊かな自然に抱かれた小さな島で産まれ育った秋、諒、優太。性格もバラバラで小さい頃は仲良しではなかったが、ある事をきっかけに親友に。
3人はそれぞれの心の声や本心まで分かり合える。俺たち、心の友!…という意味合いじゃなく、本当の意味で。
3人は“触れる”事でそれぞれの心の声や本心が聞こえる。生まれながらにしてそんな不思議な特殊能力を持っているのではなく、それが親友になったきっかけでもある。
島に伝わる伝説の生き物“ふれる”。この“ふれる”に触れると、相手の心の声や本心が聞こえるようになる。
“ふれる”を見つけた秋。人とのコミュニケーションが苦手な秋にとって“ふれる”を介してコミュニケーションする事は楽であり、諒や優太とも親友に。
3人と一匹(?)はいつも一緒で、上京。東京・高田馬場の古い家で共同生活を始める事に。
心が繋がっている親友3人。しかし、様々な問題や事件や秘密が…。
最初はどういう設定…?
触れる事で相手の心が分かる…?
神様の使いか、物の怪か、不思議な生物。可愛いけど。
しかし、見ていく内にストーリーも設定もすんなりと。岡田麿里の脚本の巧さ。
ちょっとした言葉のニュアンス、発言。気持ちのすれ違い、心の揺らぎ…。
長井龍雪による青春3部作で魅せた繊細な心理描写やリリカルな心の機微は遺憾なく。
何だか今回前3作ほど話題になっていないようだが、こちらも悪くない。テイストとしては『ここさけ』に近い。
相手の心が分かる。SF系に多いが、映画ではそう目新しくはない。
こういう題材の作品を見た時、よく思う。いや、誰もが思うだろう。
もし本当に、相手の心が分かったら…?
いい事もあれば悪い事もあるだろう。
照れ臭くて言えなかった事が伝わる。
本当の気持ちが伝わる。
その一方…
相手に隠していた本心が伝わる。決してそれは善意の気持ちばかりじゃない。
顔は笑っても腹の中では、見下し、小馬鹿にし、貶し、もっと酷い事も…。
本心を打ち明けあって、腹を割ってなんて綺麗事。相手に知られたくない気持ちを時に心の奥底に隠し、押し留め、社会や人間関係はバランスを保っている。
それで本当に相手に心が伝わるのか…? 偽りではないのか…?
何かで聞いた事がある。もし人間同士が相手の心を分かったら、社会や集団行動、人間関係など築かれてなかったろうと。
(確か、突然相手の心が読める事になってしまった青年を描いた藤子・F・不二雄のSF短編集の一篇だった)
先述した通り、秋にとってはこれほど楽で助かる事はない。
所謂コミュ障。二人以外、他人とまともに話す事が出来ない。
“ふれる”を介すると、何でも話せる。伝わる。大事な事や時には日常会話も。
二人は悪い事は言わない。
変わらぬ良好関係。秋は夜のバーでバイト、諒は不動産の営業、優太は服飾学校の生徒。
ずっとずっと、変わらぬ筈だった。
ひょんな事から知り合った二人の女性。樹里と柰南。
何と、二人も同じ家に越してくる。ちょっと訳があって。
思いもがけない男女5人の共同生活。生活スタイルも異なり、女子ルールも導入され、賑やかながらも秋にとっては煩わしかったのだが…。
柰南は優太の通う服飾学校の元生徒。それが縁で優太は柰南に好意を。
口下手な秋だが、樹里とは自然に話せる。内気な秋と姉御肌の樹里。性格は真反対なのに、秋は樹里に好意を…。
“ふれる”を介さずとも築けた関係に、秋は幸せを感じる。
しかし…。男女5人。何も起きない訳がない。
優太が柰南に好意を持っている事を知り、サプライズ。
でも、あれはちょっと…。ドン引きレベル。デリカシー無さすぎと言われても仕方ない。
実は柰南は秋に好意を。それを知って優太は卑屈に。
秋は樹里に好意を持っている事を“ふれる”を介して諒に伝えるが、実は諒と樹里はいつの間にか…。
秘めた想いや関係がきっかけで、拗れていく友情…。
さらに事件が。樹里と柰南が越してきた理由。柰南はストーカーに狙われている。
人目の付かない古い家。樹里や男3人もいれば安全だろうと。
ある時襲われ、柰南は怪我をする。大事には至らなかったものの、何故バレた…?
ストーカーの正体は…。まあ、すぐ分かったけどね。
優太も知っている人物で、責任を感じて神経が過敏になる。秋や諒とも衝突。遂には家に帰らなくなり、学校にも…。
柰南は入院。樹里も家には戻らず…。
諒は仕事で失敗続き。
秋はこの一件の直前、バーを訪れた客に料理を気に入られ、静岡に新しくオープンするレストランで働かないかと誘われる。
当初は乗り気だった秋だったが…。色々あって断る。バーも辞めてしまう。
どうして、こんな事に…?
こんな時こそ、“ふれる”。皆に本当はどう思っているか。
ところがある時から、“ふれる”を介して声が聞こえなくなった。
聞こえるのは聞こえるのだが、一部の声だけ聞こえなくなった。
島から恩師がやって来る。酒に酔い潰れながらも、研究していた“ふれる”の話を。
“ふれる”は心の声や本心全てが伝わるだけじゃない。相手にとって悪い事、聞きたくない事、罵倒や悪口は遮断されて聞こえないようになっていた。
つまり、あの聞こえなかった時、相手は何を言っていたのか…?
考えようによっては良好な関係を築けるが、それは本当に真の友情と言えるのか…?
3人の友情は本心じゃなく、偽りだった…?
そんな時“ふれる”が逃げ出し、思わぬ事態を起こす…。
言葉は魔法であり、凶器にもなる。たった一つの言葉で、相手を喜ばせ幸せにし、相手を傷付け最悪は…。
心の気持ちだってそうだ。
相手を思いやる。大事に思う。愛おしく。
相手を憎む。妬む。心の中で死を願う…。
どちらが本心なのか…? どちらも本心なのだ。
相手を思いやって、大事に思って、憎んで、妬んで、悩んで、後悔して…。複雑な気持ちや関係。
それが人なのだ。それが友情や人間関係なのだ。
相手を傷付けず、どう励ますか。
褒めるだけじゃなく、どう厳しい事も伝えるか。
心の声が聞こえたらそれは出来ない。
声に出し、聞こえるから。
声に出さず、聞こえないから。
心の声を伝える事が出来る。
永瀬廉の声もなかなか上手い。
さすがの長井×岡田×田中トリオ。今年の劇場オリジナル・アニメーションでも良作の方だと思うが、ちと粗も目立った。
コミュ障がよりによってバーでバイトする…?
好青年の秋だが、実はすぐ手が出るタイプ。ちょっと内面大丈夫…?
ストーカー対策とはいえ、女子二人がよく知りもしない男3人と暮らす…?
ストーカー事件は大してキーエピソードではなかった。恋愛問題も何か中途半端。
賛否分かれそうなのは、終盤の展開。“ふれる”の暴走。“ふれる”の中とか糸とか、急により現実離れした展開になって、今一つよく分からず…。
相手の善意を伝える事が出来る“ふれる”だが、実は“ふれる”自身こそ相手に気持ちを知って欲しかった…?
キュートな動物系キャラにも関わらず鳴き声を発せず、気持ちや言葉を伝えられない現代人や若者を象徴。
事件も問題も一応解決。
共同生活に終止符を打ち、3人は各々の道を行く。
定番だが、いつの時代も若者の進む道は王道だ。
例え離れていても、
心はふれたがってるんだ。