「丁寧な作風で、すべてを描かない「余韻」が美しい」マンガ家、堀マモル Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
丁寧な作風で、すべてを描かない「余韻」が美しい
2024.9.2 イオンシネマ久御山
2024年の日本映画(111分、G)
原作はsetaの小説『幽霊ハイツ203号』
スランプ中の漫画家が幽霊と一緒に漫画を作る様子を描いた青春映画
監督は榊原有祐&武桜子&野田未麗
脚本は林青維
物語の舞台は、日本のどこかの街(ロケ地は千葉県松戸市)
新人賞を受賞した堀マモル(山下幸輝、幼少期:中村羽叶)は、かつて幼馴染の佐倉春(桃果、幼少期:秋元月椛)と一緒に漫画を描いていたが、今では一人で漫画と向き合っていた
新人賞を獲ったものの、その後の作品はイマイチな作品ばかりで、編集者の林(岡部たかし)からも最後通牒を受けるまでに落ちぶれていた
彼の部屋は特殊な事情があって、電気は通っているのに照明が消えてしまうことがあった
そんな時には必ず幽霊が現れて、マモルの執筆活動を妨げてしまう
小学生の幽霊(宇陽大輝)、中学生の幽霊(斎藤汰鷹)、女子高生の幽霊(竹原千代)たちは、各々勝手なことをし出すものの、マモルが一言声を掛ければ、おとなしく消えていく幽霊でもあった
ある夜、作品作りに悩んでいたマモルは、幽霊たちから「僕たちの漫画を描いてよ」と言われてしまう
仕方なく筆を進めるマモルは、小学生の幽霊から「母親のことでいじめられてきたこと」を聞かされ、体育祭のリレー選手に選ばれたのに母親を呼ばなかったことを後悔しているという話を聞かされる
マモルはその過去を改変し、振り向けば母親が見ていた、という漫画を完成させた
その原稿は編集者の目に留まり、次は中学生の幽霊の話を描くことになったのである
映画は、この三人の幽霊が実はという展開を迎え、その背景で「いなくなった幼馴染」のことが描かれていく
春は病気がちの女の子で、そのお見舞いに来るのが女子高生の幽霊だった
彼女は春が作った物語を漫画にしていて、この女子高生は卒業と同時に春から進路を変えることを突きつけられる
応援すると言われたものの、これまでは春の物語を描いてきたので話を作ることができない
だが、そのことを心にしまったまま、春の言葉を受け入れてしまい、それが後悔として残っていた
そして、この女子高生こそがマモル本人であることが暴露されるのである
映画は春がどのようにして去ってしまったかを映画の後半で描き、春自身がどう思っていたかを母親(坂井真紀)から渡された彼女の手記で知ることになる
春はマモルが作り上げた「潜水士と人魚姫」の物語の原作者にあたるのだが、そのことを隠してきたことにも罪悪感を感じていた
彼女に黙って出版社に送ったこと、それが評価されたことなどを心の中に残していて、それを告げようとした矢先に彼女が亡くなったことを知らされてしまう
そして、マモルはそのことが言えないまま、期待の漫画家としての重圧を受けることになっていた
物語はキレイな作風で、丁寧な伏線回収が行われている良作で、同じシーンが何度も登場するが、すべて別アングルの映像になっていた
編集者や、その他の大人たちとの掛け合いも面白く、胸熱な展開が待っている
キーとなる「ある漫画家とわたし」という手記は前半できちんと登場しているのだが、母親がそれを見せるタイミングを失っていたこともわかる
そうした先にある、これを伝えないことが後悔になると悟った先の告白は、坂井真紀の表情だけで描くという秀逸な演出がなされていた
絵作りにこだわりのある作品で、あまりメディアに登場しないのがもったいなくも感じる
もし、鑑賞可能地域に住んでいるのなら、今観ておいて損のない映画と言えるのではないだろうか
いずれにせよ、ボーイミーツガール的な作品の切なさも感じられる内容になっていて、マモルの高校時代が女子高生で再現されているというのが物語の骨格になっていると感じた
おそらく春にはマモルへの恋心があるのだが、マモルの方にはそれがないか、もしくはかなり薄くなっていると思う
それがマモルが空気を読めない性格につながっていて、最後まで春が言いたくて我慢していたことは伝わっていないのだろう
その心情を「バーカ」の一言で表現するのだが、劇中の漫画でも「母親を描かずに小学生の笑顔で表現」したり、人魚姫と航海士が抱き合うこともなく、その表情と言葉で描いている
この余韻の残し方が映画と劇中作品でリンクしているところが面白くて、ほぼ全ての心情をセリフにする陳腐なものとは一線を画している
この作風が一般受けするのかはわからないが、昨今の風潮に嫌気が差している人ならば、意外とハマるのではないだろうか