「正直、山﨑賢人以外の晴明が観たかった。ライト層向け陰陽師」陰陽師0 10Kasさんの映画レビュー(感想・評価)
正直、山﨑賢人以外の晴明が観たかった。ライト層向け陰陽師
何で今、安倍晴明なのか?というと
タイトルにつく「0」といい
監督・脚本が佐藤嗣麻子といい、
呪術廻戦の人気、監督の旦那さんであるゴジラ -1.0の山崎貴、VFXが同じ白組という
人気と話題に乗っかってるにすぎないという…。
で、中身は?というと
一言でいえば「中途半端」
呪術や陰陽師の扱う「まやかし」みたいなもんだった。
まず演出だが、冒頭で平安時代における陰陽師の役割や呪(しゅ)・呪術といった説明が
ツダケンボイスで語られ、字幕表記がされる
で、「1000年前の言葉では…なので、ここからは現代語で…」と進むのだが
やはり要所要所では詠唱など昔言葉が入るわけで、予告CMでは『封』の詠唱や水面に陣を描く詠唱の際、文字表記されていたのに
本編では詠唱のみで聞き取りにくいし、「術」を使ってる感、迫力にかける
なぜ予告ティザーみたいに文字表記しなかったのか。
セリフは現代語で進むのは良いが、場面・場所なり人物などにもテロップつけるべきなのでは?
原作では博雅の龍笛の音には、もっとシャーマニズムというか本来の神楽・雅楽として優れた能力があることが伝わる描写があったと思うが、
博雅の龍笛に晴明が助けられたと礼をのべるシーンや幼き頃の微子女王が聞き惚れる描写ぐらいしかなく博雅の「私はいつも好きな時に好きな笛を吹く」というセリフのせいで
ただ笛好きの笛の上手い人…ぐらいになってるのが残念だ
ストーリーだが
コナンは「真実は一つ」だが晴明は「真実は人の数だけある」で
晴明の父親殺しの犯人、特業生の泰家(村上虹郎)殺しの犯人、都に渦巻く妖の正体を暴くミステリー的な要素と博雅(染谷将太)と微子女王(奈緒)の恋愛が絡み合う。
まぁ最初に陰陽頭や晴明が、呪とは「暗示、催眠術」だったり「人の心・感情が生み出すもの」という説明が入るが、呪術廻戦で負の感情からくる呪いやミステリーを良く読む方には
……である。笑
どの呪が誰の感情か?
そこさえ理解してれば何も難しくはない
博雅が乙骨くんで微子女王が里香ちゃんで…はい。
あと違和感、晴明が逃げる時のアクション
急に晴明は体術も凄いんだ?ってなるのは何?
派手なアクションで誤魔化されたにしか感じなかった。
数年前の野村萬斎版「陰陽師」のほうがCGは今よりもショボいが断然良かった
若かりし安倍晴明ということで、実写化俳優の山﨑賢人なのかもしれないが
キングダムやゴールデンカムイの記憶が新しいだけに
山﨑賢人には、ちょっと冷めた(というか達観した)感じの晴明が似合わないというかしっくりこない。
個人的には、まだキングダムでの嬴政の吉沢亮をそのまま持ってきた方が雰囲気があるんじゃないかと思った。
山﨑賢人だったり呪術廻戦の人気にあやかって若い世代、ライトなターゲットを「陰陽師」の世界に導こうという意図はわかるがうーん
がっつり好きな人などからしたら
やっぱ、ちょっと弱いというか密度が…
残念というかもったいない気がする