「家族を残してでも」ビヨンド・ユートピア 脱北 LSさんの映画レビュー(感想・評価)
家族を残してでも
脱北(北朝鮮からの亡命)希望者を身命を賭して支援する韓国人牧師の活動に密着し、彼が関わる二組の脱北希望者の運命を描くドキュメンタリー。
時折り挟まれる北朝鮮がどういう国なのかという(脱北者や研究者の)証言と記録映像のコラージュは、同国がいかに「地獄」かを視聴者に印象づけることを意図しているようで、嘘はないと思うが感情的なバイアスはある。
一方、牧師や二組に関しては、再現映像はないとうたわれており、ブローカー(国内や中継国でカネで出国を援助する)との隔靴搔痒のやりとりや、苦難の逃避行の不安や驚きが克明に映し出されている。解説文にあるタイまでの逃避行は、ドキュメントであると同時に稀有なロードムービーでもある。
個人的に、脱北や冷戦期の東側からの亡命者の話を読み聞くたびに、家族や近しい人を残したまま国を去る心情はどうなのかという疑問があった。この作品で知れたのは、そもそも(高位高官でなければ)脱北できるのは資金を賄えるだけでなく中朝国境まで移動できる機会がある人に限られ、両国の公安や国境警備の監視の目を盗む必要もあって、とにかく一人でも先に、チャンスの窓が開いたときに決行するしかないということだった。実際、本作の二組とも先行して脱北した親族がいて、韓国で働いて資金を貯めながら、後続の出国を支援している。
だが、それが成功するとは限らない。ショックだったのは、もう一組の親子の帰結である。
先に一人で脱北した母は息子の出国を手配し、息子は中朝国境の川を越えることはできたものの、中国側で捕まり北に送還されてしまう。ブローカーによれば、拘束され暴力的取り調べを受けているといい、最後には強制収容所送りが示唆される。北に残る祖母からは、「彼は脱北などしたくなかった」と母を非難する伝言が届く。
母はどれだけカネを積んででも子を自由で安全な世界へ連れ出したいと、必死で頑張っただろう。だが母の突然の失踪(脱北)後に、恐らく官憲に厳しく取り調べられながら子を養育した祖母から見れば、母の身勝手で子が危険に晒され、挙句の果てに彼はもう生きて帰ってはこれないだろうという絶望と怒りで頭がいっぱいなのかもしれない。他方、外の世界を知らない祖母には、リスクを冒してでも国を出ることの価値と意味を知る母の気持ちを理解するのは難しいだろうとも思う。それでも祖母の伝言が、母に幸せに生きてほしいという親愛の言葉で締められるのは、どうしようもなくやるせない。
昨今の政治情勢で、脱北希望者が望みを叶えられるハードルはますます上がり、残された家族への危険も高まっているという。
北の人々が人間らしく安全に暮らせるように支援する全ての人たちに敬意を表したい。
追伸:本作で関心を持った方に、自分が観た範囲でだが、「ファイター、北からの挑戦者」は脱北者の韓国での生活の一端が垣間見えて興味深い。「トゥルーノース」は脱北者の証言を基に、北の強制収容所に囚われた人々の(観るのに覚悟を要するほどの)凄惨な行く末を描いている。