「自分のために生きられる幸せ」ビヨンド・ユートピア 脱北 mayuoct14さんの映画レビュー(感想・評価)
自分のために生きられる幸せ
いつも通り長いレビューですが、宜しければお付き合いください。
脱北する家族と、そのサポートをする地下組織の活動家(本業は牧師)を追った脱出劇。命の危険とずっと隣合わせの、それはそれは壮絶な体験を圧倒的な緊張感で描き切った、濃密な115分でした。
映画で北朝鮮という国の実情をあらためて思い知らされると、日本という「今のところ平和な国」で、監視や警備もない土地で自由にものが言えて、普通に美味しくご飯が食べられ、何より「自分のために生きられる」ことに、素直に感謝せずにはいられませんでした。決して大袈裟でなく。
北朝鮮の人は、自分のためでなく将軍様のために生きています。人権という概念は皆無で、人民の命や人生はその独裁政治家に完全に握られ、コントロールされています。
人糞まで肥料として農家(農作物はまず将軍様の食べ物になります)に捧げ、1990年代は大飢饉で何百万人もの犠牲者が出たこともあります。
このドキュメンタリーからまた一つ学んだのですが、金日成が第二次世界大戦直後くらいにスターリンから注目されて主席の地位を築くきっかけになり、今日の世襲による独裁につながっているようです。民主主義とそうでない国家の世界地図はこんな所からも始まっていたのです。
脱北できる人は本当に一握りで、家族から離れて一人で暮らすことも多く、それでも「彼の国」での生活がいかに最低なものだったかを思い知り、覚醒し、人生を取り戻します。
しかし、脱北者の家族は犯罪者として収容所に入れられ、周囲から蔑まされても生きられればまだしも、収容所で命を落とす人も相当いるようです(大きな収容所の空撮が何度も映像に出ます)。
今回は、そんな悲劇から逃れるため、先に脱北した兄弟を後から追う形で脱北する一家の物語です。
ヨーロッパの移民や難民のルートのように、海を渡れるのかと思いきや、おそらくそれがあまりに危険なため、彼らは中国、ベトナム、ラオスを抜けてタイまで12000km、最後は真っ暗なジャングルを10時間かけて歩き通し、6才くらいの少女や80歳のお婆さんも一緒に、一家5人自由を掴み取るのです。
脱出劇そのものも勿論すごいのですが、サポートする地下組織がまたすごい。
お金のため、彼らはブローカーとして暗躍している訳ですが、その中枢にいる韓国の牧師さんが本当にすごいのです。強かなブローカーたちを時には懐柔し、時には厳しく強い態度で嗜め、言う事を聞かせます。教会の一室にはパソコンや複数台のスマホが並べられ、さながらスパイ映画がマフィアの裏組織かという画(え)が、紛れもない事実として描かれています。
また、ただの「脱北の成功物語」に過ぎず、映画のもう一つの軸で悲劇も描いている、非常にシビアな目線で撮られた作品でした。
とにかく集中しすぎて、観た後かなり疲れました。
それでも、私たちの住む世界からそんなに遠くないところで起きている「信じ難い迫害や人権侵害」をしっかりと目に焼き付け教えてくれる、すごい力のある作品です。監督は前作もアフリカ、コンゴの性暴力被害者の女性たちを救う医師を描いたドキュメンタリーを撮っているマドレーヌ・ギャビン。アメリカの女性は本当に強い、と実感させられました。
映画を見て、真っ先に思い出したのが去年観たドキュメンタリー『ナワリヌイ』、そしてもう1本、数年前に観た、これも衝撃と緊迫感がすごかった『シチズン・フォー スノーデンの暴露』。
『ビヨンド・ユートピア』も含めて、私の「超衝撃!三大ドキュメンタリー」としたいと思います。