「残像が重く響く」あんのこと KeithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
残像が重く響く
非常に後味の悪い映画です。実話を基にした日常の実生活に沿って描かれているので、余計にやるせない気持ちにさせられました。
本作は、幼少時から母親に虐待され、10代半ばからは売春を強要されてドラッグに溺れる21歳の女性の壮絶な実話を映画化したものです。
台詞が限りなく少なく、ナレーションもテロップもないという、状況説明が全くない非常に緊迫感が溢れる、ドキュメンタリータッチで描かれていきますが、映像のテンポが良く迫真に満ちているために、観ているだけで状況は切実に訴えてきます。
BGMもなく、カメラはほぼフィックスですが、主人公の心が激しく動揺する箇所では手持ちカメラになるため、その静から動へのドラスティックな視点変換により、観客には直に心情が伝わってきます。
人は、どん詰まりの修羅場では、多弁に言葉を発するとは思えません。言葉よりも行動が、先ず顔と体が動いてしまうと思います。本作が、極端に台詞が少ないにも関わらず、その時々の人物の感情と思惑が、観客には即時にストレートに伝わっていたのは、そのせいだったのでしょう。
何より主人公・杏を演じる河合優実のナチュラルな演技は秀逸でした。その目が、前半の悲嘆、中盤での希望、そして劇的展開が続く後半からラストでの困惑と絶望にと、見事に変移して観客に見せていく様は、鮮やかに象徴的であり感動的でした。やや半開きの厚い唇も、その時々の感情を増幅して強烈な印象が残ります。
更に母親の際立った毒親・鬼親ぶりが、観客を一層主人公に感情移入させ、ドラマをスパイラルに盛り上げていました。
一旦好転した主人公の環境が暗転するのがコロナ禍であったのは、将に現在進行形の、つまり過去の出来事でない同時代性の切迫感が滲んできます。
人は所詮一人では生きてはいけない、その絆が断たれたのがコロナ禍でした。
つい2⁻3年前のことである“コロナ禍”が産んだ悲劇は、世に数多あると思います。本作はその映画化の嚆矢の一つともいえるでしょう。
ただ、本作の主人公・杏の悲劇は、コロナ禍は寧ろ単に触媒に過ぎなかったと思います。
観賞後かなりの日数が経ちましたが、残像が心の底に重く響き、いつまでも消えてくれません。