「星はいつも三つです」あんのこと フェルマーさんの映画レビュー(感想・評価)
星はいつも三つです
入江悠監督『あんのこと』
映画のド頭に「この映画は実話に基づいています」みたいな注意書きが現れる。
主人公河合優実のあんの境遇は事実として、刑事の佐藤二朗が更生サークルを利用してクソみたいな悪いことをしていたとか、稲垣吾郎の週刊誌記者がそれを暴いたとか、河合優実が赤ん坊を押しつけられて一生懸命育てたとか、それらが事実なのかどうかは知りませんが、なんのための注意書きだったのか。
なんだか、「筋や設定やキャラ造形に文句をいうな。実話なのだから」と最初に釘をさされたような気がして、ちょっとなんだかなぁ……でした。
注意書き、不必要だったのでは。
不必要といえば、主人公あんが自ら命を絶ってからの三つの場面、具体的にいうと「佐藤二朗と稲垣吾郎が対面して『週刊誌でスッ
パ抜かなかったらあんさんは死ななかったのだろうか』などという会話をする場面」、「佐藤二朗が『彼女は薬物をやめていたんだ』とか何度も絶叫するモノローグ」、そして「主人公に赤ん坊を押しつけて姿を消した母親が赤ん坊と再会し『赤ん坊を無事に育ててくれたあんさんのおかげです』という場面」。
これらは不必要というほかはない。
観客に「あんが生きていたことは無駄ではなかったのだ」というわずかな慰めを与えるかのような場面だが、観客に慰めはいらない。むしろ観客にどうしようもなく暗澹たる気持ちで映画館をあとにさせるべきだった。
あんの白いリュック、初めてもらった給料で買ったかわいい日記帳、ぎゅっと不格好にボールペンを握るあんの手、ジャガイモを皮もむかずに切っていく手つき、命を
絶つ寸前の透明になったとしか思えない河合優実の姿。
またこの映画ではノイズが非常に印象的。ゴミだらけの狭い部屋での母親の怒号、狭い町をひっきりなしに通る車や電車の騒音。あんの周囲の世界の凶暴さをノイズが端的に表現している。
そういったすぐれた断片を思い返すたびに「なんとかならんかったのか」という思いを新たにすることが『あんのこと』の映画体験。