「善と悪と正義と」あんのこと 曲則全さんの映画レビュー(感想・評価)
善と悪と正義と
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心の深奥に刺さる映画である。
DV、貧困、無知、売春、覚せい剤、打算とこの世に蔓延する悪の中に、杏という弱々しい
無償の善の持ち主を放り込み、「悪に翻弄される善」という普遍的なテーマを展開する。
ここまでなら良くある構図だが、監督が秀逸なのは、そこに多々羅という極端な善悪両面を備えた刑事と、正義を標榜する新聞社の記者を据えたことである。かくして善悪だけでは割り切れない複雑な構造を映画にもたらすことに成功した。その結果、降りしきる雨の中で杏を抱きしめる多々羅刑事の姿は、善悪を超えた崇高さを持ち、一方で正義の遂行(新聞による告発、児童相談所による幼児の確保)が杏にとどめを刺す、という胸をかきしめられるような展開を描き出した。
登場人物の中で杏だけが、ただ他人の為に生きた。燃え残った日記の一片には、子供のアレルギーや好き嫌いに配慮した食事が記されており、それは善の塊であり、杏の生きてきた証であり、墓標である。
幕が閉じた時、監督からの問いかけに気づく。お前は誰だ。杏か毒親か新聞記者か刑事か。「いえ私はただの観客です。杏はかわいそうでした。行政はもっとしっかりすべきです。」といつもの日常に戻るのは簡単だが。
杏に出会ってしまったからには、日記の続きを託されたと観念すべきであろう。
河合優実、河井青葉、佐藤二朗の演技は圧巻である。
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