劇場公開日 2024年6月7日

「ここから目を背けてはならない」あんのこと おじゃるさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ここから目を背けてはならない

2024年6月10日
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鑑賞方法:映画館

泣ける

悲しい

予告から、マスコミの是非を問うような作品かと思って鑑賞しましたが、そんな生やさしいものではありませんでした。衝撃に打ちのめされ、胸に強く刻まれるような作品でした。

ストーリーは、水商売の母親と足の悪い祖母と3人で暮らし、子どもの頃から体を売ることを母親に強要され、売春と麻薬の常習犯となっていた香川杏が、親身になってくれる刑事・多々羅との出会いをきっかけに更生をめざし、少しずつ生活も軌道に乗り始めた頃、またしても周囲の状況により苦しい生活を強いられていく姿を描くというもの。

冒頭からあまりにも重く苦しい描写が続き、胸を締め付けられます。子どもは親を選べないとよく言いますが、“親ガチャに外れた”という言葉では表しきれない、あまりにも理不尽な惨状がまざまざと描かれます。死んだ目をして、心をなくして、ぼろぼろになりながら体を売った金を毒親に渡す杏の姿に、胸を抉られます。

そんな杏に寄り添い、更生の道を示す多々羅の存在が、彼女の大きな支えとなっていきます。杏にとって、初めて信頼できる大人との出会いだったのでしょう。多々羅を介して、ジャーナリストの桐野、更生をめざす仲間、職場の理解ある上司と、人の温かさに触れ、少しずつ心を開き、懸命に頑張る姿が胸を打ちます。

それなのに、あれほど親身になってくれた多々羅の裏切りが、杏を激しく動揺させ、心を深く傷つけます。また、毒親はいつまでも杏の足を引っ張り続けます。親の愛情を知らずに育った杏が、そんな親でも捨てきれず、他人に押し付けられた子どもにも精いっぱいの愛情を注ぐ姿に胸が熱くなるとともに、そこにつけ込む母親の非人間性に吐き気がします。新型コロナが蔓延する中、心を通わす相手もなく、誰にも頼れず、孤独と不安が杏をさらに追い詰めていきます。

そんなさまざまな要因が重なって、ついに杏の心の糸は切れてしまったのでしょう。薬に逃げ、多々羅に救済され、裏切られ、それでも歯を食いしばって生きていたのに、母にまたもや踏みにじられ、再び薬に手を出した杏。最後は自分にさえ絶望し、もはやこの生き地獄から逃れる術は、自死しかないと思ったのでしょうか。彼女の心中を思うと言葉も出ません。

本作は、事実をもとにしているということですが、どこからどこまでが事実なのかはわかりません。でも、どのシーンを一つ切り取っても、おそらく日本のどこかで今も続いている事実でしょう。多くの日本人が気づかない、気づこうともしない、この国の現実や闇をまざまざと見せつけられた思いがします。かといって何の行動も起こしていない自分には、多々羅の行いを責める資格すらないように思います。虐待やヤングケアラーの問題が叫ばれる昨今、せめて自分の手の届く範囲だけは、できるだけの優しさを届けたいと思います。

主演は河合優実さんで、魂を揺さぶるような渾身の演技に胸を抉られます。脇を固めるのは、佐藤二朗さん、稲垣吾郎さん、河井青葉さん、早見あかりさんら。中でも、河井青葉さんの壮絶な毒親ぶりは必見です。

おじゃる
humさんのコメント
2024年6月26日

せめて自分の手の届く範囲だけは…のおじゃるさんの言葉がとても大切ですね。
たくさんの大人たちがそんなふうに思うようになれば😌
嘆いている場合ではないですね。

hum