「生きてこそ」雪山の絆 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
生きてこそ
1972年10月13日、ウルグアイのラグビー選手団を乗せチリに向かっていたチャーター機がアンデス山脈に墜落。72日間に及ぶ想像を絶するサバイバル…。
悲劇の事故であり奇跡の生還劇とも言われるこの実話は、1993年の『生きてこそ』や幾度も映画化やドキュメンタリーになっている。
今回スペインで(アメリカ・ウルグアイ・チリ合作)J・A・バヨナ監督が新たに映画化。
まだゴジラやドラえもんなどの映画しか見ていなかったあの頃、初めて見たと言っていい“実話サバイバル映画”が『生きてこそ』だった。なので、今でも印象に残っている。
それを新たに映画化するのだから、興味惹かれない訳がない。配信を楽しみにしていた。
一部劇場でも公開されているらしいが、劇場大スクリーンで見たかった…。
『生きてこそ』を見ていたので、事故の概要、そこで何があったか、生還まで分かっている。それでも見入ってしまう。
やはり事故~サバイバルが見所。それを製作側は分かっているようで、蛇足や冗長になりがちな導入部のドラマを極力省き(でも簡素に纏めている)、早々と展開。
アンデス上空に差し掛かった機。激しく揺れる。
ただの揺れじゃない。その恐怖と不安は的中した。
機はコントロール不能に。山に衝突し、機体は真っ二つに…。
機内の惨事。頑丈な座席は玩具を壊したかのように前方に押し出され、座っていた乗客のやわな身体などぺしゃんこ。
簡単に書いたが、それがどんな恐ろしい事か…。飛行機や電車の事故で、中でどんな惨状になっているか…。ふと、2005年の痛ましい脱線事故を思い出した。
多くの乗客が死亡。即死。
が、助かった者たちも。生死を分けたのは何なのだろう。座席の位置…? 運…?
墜落という惨事から生き残った彼らを待ち受けていたのは、別の惨事であった…。
極寒の雪山。身体を刺すような寒さが襲う。
墜落時の負傷。手当てもままならない。
サバイバル最大の難題。水と食糧。
水は雪から得られるが、食糧は…。備蓄もあっという間に底を付く。
人は水だけでも暫く生きられるというが、この場合状況が違う。寒さに体力が持たない。何か食べないと、皆…。
そうこうしてる内に、一人、また一人…と命を落としていく。
彼らが下した決断と選択は…。
かつて『生きてこそ』を見た時も衝撃だった。
死んだ人の肉を食べる。
何も極限状況下のサバイバルでの食人はこの事故だけじゃない。日本でも『ひかりこげ』という映画になった海難事故があった。
生きる為には仕方ないかもしれない。が、究極なまでに苦悩する。躊躇する。拒む。
意見が分かれる。
人が人を食べたら、人じゃなくなる。
後もう少し待とう。救助が来るかもしれない。
そんな倫理観や望みの無い期待を待っている余裕はない。
食べなきゃ死ぬんだ。生き残る為なんだ。
彼らは食す。が、徹底して拒む者も…。
私だったらどうだろう…?
食べられるか…? 食べたのがもし友人だったら、それに耐えられるか…?
この事故に於いて特に衝撃の出来事だが、それメインではない。
何としてでも生還する。
彼らの“生”へのヒューマン・ドラマになっている。
やはり若者たち。晴れた日には辺りを散策。自力での生還を試みる。
こんな状況下でも、自分やお互いを勇気元気付けるようにバカ話でもして笑い合う。
ある時、ヘリが。探してくれている。発見される。決してその望みを捨てない。
こういう時、地上からはヘリは見えるが、遥か上空のヘリのコクピットからは地上の豆粒のような人は分からないという。
結局救助のヘリは来ず…。
そして追い討ちを掛ける事が。
ラジオから、捜索打ち切りの報せ…。
これからここアンデスは捜索困難な季節にもなるが、もう彼らは生きてはいまい。死んだ可能性の方が高い。
それを聞いた彼らの絶望感…。
俺たちは、ここにいる。生きている。
それが見えない。聞こえない。
世界から見離されたも同然。
悲劇はまだまだ彼らを奈落の底に突き落とす。
晴れた日は外に出れるほど比較的穏やかだが、一転して吹雪の日は…。
忘れちゃいけない。ここは、極寒の雪山なのだ。
機内で押しくら饅頭のようにして寒さを堪え忍ぶ。
その時、不穏な轟音。
それは、雪崩だった。
機体を飲み込む。皆、雪の中に生き埋め。
何処まで彼らを苦しめるのか…?
この雪崩と生き埋めでまた多くが命を落とす。
すでに1ヶ月近く。何とかここまで生き延びたというのに…。
それでも、それでも、生存者は雪の中から這い出る。
死んでなるものか。
1ヶ月以上も過ぎた。
もう本当に限界。いやもう、限界もとっくに過ぎている。
ここでこのまま死んでいった者たちと同じく死んでいくのか…?
いつ再開されるか分からない救助を待つのか…?
いやそもそも、救助自体再開されるのか…?
現状を変える唯一の方法はやはりこれしかない。
自力での生還。
体力がまだある者がこの雪山を越え、西へ。チリを目指す。
もし、辿り着ける事が出来れば…。
無論、容易い事でも絶対的な望みもある訳ではない。
下手したら…。
でも、誰かが行くしかない。
決断した3人。出発。生存者の命を背負って。
残った者たちは3人に命を託して。
スマトラ沖地震を題材にした実話サバイバル×ヒューマン・ドラマの『インポッシブル』で名を上げたJ・A・バヨナ監督が本領発揮。
墜落時の緊迫感溢れるパニック描写、雪崩時の閉塞感、絶望的状況下のリアリティー…見る者を圧する臨場感と迫力の演出。
アンデスの雪山群。過酷で恐ろしくあるのに、スケールと景観にも魅せられる。
キャストは皆知らないが、アンサンブル熱演。
J・A・バヨナ監督のキャリアベストの一本。あの恐竜映画が代表作じゃない。
実に72日目。
乗員乗客45人の内、生還したのは16人。
半数以上が…。
それでも16人が生きて還ってきた。
夢にまで見た家族や恋人との再会。
果たせなかった死亡者や遺族の無念を忘れてはならない。
映画は生還と再会で一応のハッピーエンドとなるが、実際は食人が議論の的になったという。
何が一番重要か。そんなの誰でも分かる筈だ。
その揚げ足を取る輩がいるのも事実。
素直に喜べ。彼らの尊い命を。
印象的なナレーションは生存者ではなく、命を落とした友。
友たちに語り掛ける。
生き延びた理由は…? 意味は…?
それは当人たちにしか分からない。
生きていく上で見出だしていく。
見る我々も。
『雪山の絆』というタイトルも悪くないが、同題材の別映画のタイトルをレビュータイトルに。
生きてこそ。
本当にそうだと思う。この悲劇に見舞われた彼らにとっても、今を生きる我々にとっても。
生きてこそ。
2024年、早くもベストの一本に推したい。
テーマは生きてこそだと思います。あとは叡智でしょうね。
僕はこの話を聞いた時、そっとすべきだと思いました。サンクトペテルブルクの話とかスターリンのコルホーズ飢餓もありましたから。それとは違いますからね。