「カルーセルさん、前田敦子さん、共演ではないけれど、この二人だからこその満足感」一月の声に歓びを刻め chikuhouさんの映画レビュー(感想・評価)
カルーセルさん、前田敦子さん、共演ではないけれど、この二人だからこその満足感
カルーセルさんのこれまでの印象からは想像のできない、思いを内に秘めた表情 第一部と最後と科白は少なくとも、永年の思いを観る者に感じさせるには十分な佇まいであった 前田さんは「さよなら歌舞伎町」の頃からは大きな飛躍で、最近は観ている方が辛く苦しくなるような役も安定してこなされている 本作においても、笑顔をほとんどみせなかったり、感情を抑えきれなかったり、前田さんだからこその場面が多かったと思う 映画全般については難しく、他の方も書かれているように3つの話がどう関連付けられるのか、観る者にその答えを考えさせるような、ちょっと消化不良な印象は残っている ただ3つそれぞれの話はとても重く、各々では見ごたえのあるものであった
事件にあった「本人」の思いはもちろんであるが、その「本人」の苦しさに十分向き合えなかった「家族の悔悟」(本作ならカルーセルさん、哀川さん)について、何十年経っても消えることない傷であること、三島監督のこれまでの作品で家族を描いてきた視点とも重なった 声にしなくても、言葉にしなくても伝わる思いと伝えられなかった思い それは時間が経っても消せるものではない
三島監督が幼少の時親に連れて行ってもらった名画座が、今は亡き大毎地下劇場(大阪市西梅田)であることを知って、70-80年代の「いい時代」を同じ関西人として振り返りました
(2月11日 イオンシネマ和歌山にて鑑賞)
ご無沙汰しております。
共感ありがとうございます。
すみません、否定的なレビュー。
なのに共感ありがとうございます。
多分私なんかに考え及ばない当事者としての苦しみを
前田敦子さんは内面的にそして抑えた怒りを爆発させて
演じていましたね。
他者の痛みにまで、思いやりを持てずのレビューで、
申し訳ないです。
タイトルの“歓びのを刻め“
のどこに歓びがあるのか、分からないです。
カルーセルさんについての先駆者ならではの人生、その晩年での思い…。今、ちょうど他作「瞳をとじて」のレビューを下書きしていまして、ふと重なるものがありました。演者(カルーセルさん)のまなざしの奥を感じるご返信でした。
ありがとうございました。
犯罪は当事者にかかわるすべての人にあらゆるかたちの消えない傷をのこしますね。
カルーセルさんは、台所で1人になったときの憎しみと哀しみの混ざりあったような深い表情のワンカットが無言ながらもっとも雄弁だったようにかんじました。