劇場公開日 2024年2月9日

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「一人の女性の魂を救うために」一月の声に歓びを刻め あんちゃんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0一人の女性の魂を救うために

2024年2月9日
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鑑賞方法:映画館

実に面白い構成の作品である。三島監督だからということはないのだろうが洞爺湖の中島、八丈島、大阪の堂島を舞台とした三篇から成る。堂島には海はなく少し離れた南港から話は始まっている。水辺への拘りは鎮魂のイメージによるものか。
三篇は完全に独立しておりお互いの直接的な関連性はない。ただ第一話と第三話は性犯罪の被害者である「れいこ」という女性が登場するところが共通する。(2人のれいこは全くの別人である)
第二話の八丈島篇には「れいこ」はおらず性犯罪もない。ただ三篇の中では最もとっつきやすく哀川翔の役者としての色気が炸裂する魅力的なフィルムである。思うに第二話は、第一話と第三話が直接的に隣り合うのを避けるためいわば緩衝帯として置かれたのではないか。
まず、第一話の洞爺湖篇はどうにも救いのない話である。暗い室内を影絵のように登場人物が動き密やかに会話を交わす。段々とこの家族(父と娘)は47年前にもう一人の娘れいこを性犯罪によって喪ったことが分かってくる。父=マキは、性加害者を厭うあまり男性性を放棄した。ただ父性は維持したようなのでこの家族にとっては混乱と社会的孤立感を強いられた日々だったのだろう。長女の態度からもそのことがよく分かる。(片岡礼子、好演)
なにせ47年である。死者はもう戻らない。マキの苦しみはもはや救われることはない。
第三話堂島篇でのれいこ(前田敦子)は洞爺湖のれいこと異なり生者である。ただ性犯罪の直接被害者であり深く傷ついている。影絵のように動き(モノクロ)無表情にボソボソ会話する流れで話は進行するが「レンタル彼氏」のトトが現れお節介を焼くことによって状況は変わる。正直、あの程度の儀式で傷ついた心が癒えるのかは疑問なのだが、画面がカラーになり笑顔をみせるれいこ(前田敦子)の魂は救済されたのかもしれない。このシーンの前に洞爺湖で恐らくは憤死するマキの姿が描かれている。遠く離れたこの2人の魂がシンクロしいわば身代わりとしてれいこが救われたことを暗示している。だから彼女が最後に歌うのはタイトル通り救われた「歓びを刻んで」いる姿であるということになる。
そんな都合のよい話はあるかということかもしれない。確かにこれは映画的な虚構ではある。でもせめてひとりのれいこを救うための段取りの映画であったと理解すれば納得はできる。

あんちゃん