劇場公開日 2025年6月6日

「子供の心の壊し方」年少日記 おきらくさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0子供の心の壊し方

2025年6月12日
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一人の少年の日記を通して、親の体罰によって、人生に前向きだったはずの心が少しずつ壊れていく衝撃的な物語。

Yahoo!ニュースで教師による体罰のニュースが出ると、コメント欄には教師を擁護し、体罰を肯定する意見が少なくない。
そうした人々がよく口にするのは、「自分も体罰を受けて育ち、それが成長につながった」というもの。
この映画に出てくる浅野忠信似の父親も同じようなことを言っていた。
彼らはこの映画を観ても、同じ意見のままなのだろうか。
もし体罰で成長する人間がいるとしても、その陰で命を絶つ人間がいても許されるというのだろうか。

人は誰しも得意不得意がある。
親の役目は、子供の得意なことを見つけ、学ばせ、伸ばし、社会で活躍させることだと思う。
しかし、世の中には、自分の理想を子供に押し付け、うまくいかなければ子供を責め、結果として生きることに絶望を感じさせてしまう親も少なくない。
この映画の兄弟がまさにそうだが、向いている子は体罰がなくても結果を出すし、向いていない子供は、いくら体罰を与えても結果を出すのは難しい。
体罰を振るう大人は、子供が思い通りにならないことにイライラし、その感情をぶつけているようにしか見えない。
それを「子供の成長のため」と言うのは、あまりにも卑劣だと感じる。

確かに、努力を怠り、結果を出せていない子供も多くいる。
そういう場合、勉強するようになれば飛躍的に結果を出すことも珍しくない。
『ビリギャル』の主人公がその典型。
しかし、この映画の主人公は違う。
次のテストで良い点を取ればどんな望みも叶えると言われ、彼は今までの人生で最も勉強したはず。
それであの結果だった。
この時点で、親であれば別の道を考えるべきだった。
子供をさらに傷つけ、結果を出させようとするのは、人間としてあるまじき行為ではないだろうか。

物語の途中に出てくる若い女性のピアノ教師は、性別や年齢は違えど、普段の自分を見ているようだった。
自分も人に物を教えるときは、あのような感じなので。
だからこそ、子供に結果を出させてあげられない彼女の苦しみが痛いほどよく分かる気がした。
葬儀場での彼女の姿を見て、涙が止まらなかった。

おきらく