「人は、物作りの現場を見ることがこんなにも好きだってこと。」至福のレストラン 三つ星トロワグロ きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
人は、物作りの現場を見ることがこんなにも好きだってこと。
先週、東京の とあるレストランの、楽しみにしていた予約をキャンセルした。
苦労して半年前に取った予約だった。
連れの友人の体調不良が理由で、どうにも仕方がなかったのだが、直前のキャンセルでもあり全額の弁償となった。
料理人は職人だ。
僕は職人への最大限のリスペクトをもって、その聖域であるダイニングに招き入れられる許しを得たいと願う立場。
電話口で平謝りに謝り、厨房へのお詫びも言付けて、結局とんでもない金額が弁済で飛んでしまったけれど、これで再度のチャレンジへの門戸は残してもらえるならば、安いものだと思っている。
かつてはソムリエやギャルソンを夢見た僕なら、なおさらのこと。
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パリの南。山ふところの三つ星レストラン「トロワグロ」。
手仕事を映すドキュメンタリーはとても面白い。
こんなに長尺の映画になっても、なぜだろう、ワクワク感が止まらず、ずっと退屈せずに観ていられるものだ。
「この手のドキュメンタリーは、なぜ飽きないのか」、
これをわかり易く分析してくれた人がいる。
つまり、
観光地に行くとお土産屋さんがたくさんあって、ガラスケースの中にその土地伝来の素朴な「こけし」などが並んでいるのだが、
冷やかしに店に入ってきた客たちは大抵はそこは素通りだ。「こけし」を買うために財布の紐を緩めたりはしない。意中の品は、家族や職場へのお土産のお菓子とか、せいぜいキーホルダーくらいのものだろう。中学生なら店頭の木刀だ。
でも店の奥では一箇所、人だかりがする場所がある。それは回転旋盤機と よく手入れをされたノミで、職人が角材から「こけし」を削り出し、その横ではもう一人が墨や紅の細筆で目鼻立ちを描いていく=この「実演工房」の一角だ。
人は、物が作られていく様子を見る事がこんなにも好きなのだ。
旅先で、その職人さんの技術に感嘆し、手元をじっと見つめ、惚れ込んで買い求めたこけしは、もう先ほどのショーケースのこけしとは違う物だ。
職人の息と、見学するこちら側の息使いが重なって(息を止めて) 、そこに生まれる「モノ作り現場」の面白さ。一期一会の出会いが、あの実演販売には起こっているからかも知れない。
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インドからやってくる旅行客を案内するツアーコンダクターの悩みは
「味がない!」と彼らが騒ぐことらしいね。
カツオ出汁と、土鍋をくぐらせた ほのかな利尻昆布は、スパイスの国からの来客には、確かに難しいのかも知れない。
結局、ツアコンは日本でもインド料理店を慌てて探す羽目になるのだと聞いた。
昨今
「移民にフランス料理をさせるサクセスストーリー」は大流行なのだが、僕はあれはないなと思っている。
だから申し訳ないが、まったくあのたぐいには興味が湧かない。
厨房での下働きならともかく、食材、ソース、温度に 香辛料に ドレッセに、サービス。
料理は血だし、文化なのだし、その味覚の伝統は生まれた時からその風土に馴染み、その場所に育っていなければ「フランス料理」も「和食」」も、実現するはずはないと思うから。
彼らが独立すれば、味付けは早晩エスニックに戻ってゆくだろうし、多国籍理がそこには完成するだろう。
僕はカリフォルニア・ロールは要らない。
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トロワグロの現在のシェフ=ミシェルと、同じく料理人になった二人の息子。そして妻と娘。
一家で営むトロワグロは、オーベルジュだったのですね!
長男セザールと父は本店でオーソドックスなメニューに挑み続け、次男ルネは隣村の別の店でシェフを務めながら意表を突いた新作を試す。🇺🇦
キッチンの光景はもとより、献立作成のための「川魚の種類」と「アーモンドペースト」にこんなにもこだわった 冒頭からのディスカッション。
食材を仕入れる朝市や、牧場や、チーズ工房や、ブドウ畑、そしてワイン醸造所での「シェフと提携先のオーナーたちとの丹念なやり取り」=人間関係が、ここまでかと驚くほどに、じっくりとフイルムに記録されます。
◆BGMは一切なし。
そしてダイニングを回ってのオーナーとお客たちとの語らいの深さ・・
客席に通される前に「お客とスタッフが顔見知りになる大切な意味のために」大人も、そして親に連れてこられた子どもたちも、料理人の顔と厨房の様子を見せてもらえる。
客ごとの好みや、アレルギーや、ペスカタリアンの有無を一晩に50客、変更に次ぐ変更まで、すべてを頭に入れている有能なホールスタッフ。
ギャルソンたちは「グレーのニットベスト」がとても可愛らしい。
セルヴーズ=女性スタッフは、細みの黒いドレスで真っ赤なチューリップの花瓶の前を通る。
ハラスメントをいさめ、穏やかな言葉使いで (「ルール」を守ろうではなく)、「仲間を守ろう」と勧めるあの社員ミーティングも良かった。参考になった。
厨房シーンも、有りがちな怒声とかつり上がった目が何処にもなく、もちろん視聴率を稼ぐためのドラマ仕立ての「皿を落とすシーン」とか、「客とのトラブル」等のヤラセの脚色も無い。
プロたちを写すのにヤラセは要らない。
◆料理よりも、人が写っている
・【仔羊の脳みそ】:Tête de veau (テット・ド・ヴォ)の下処理を失敗した若者に対して、厨房が殺人的な時間であるにも関わらず!彼を伴って厨房の一隅にゆっくりと座り、二人一緒にラ・ルース料理辞典とエスコフィエ を、“もう一度学ぶために” じっくり読み合わせするシェフの姿・・
・【腎臓のソテ】に合わせるパッションフルーツ・チリソースを試作した料理人に対しては、最大限のねぎらいと「とても美味しい」との褒め言葉。完食。
これぞ親子三代で、56年にも渡って三つ星を獲得している、その実力。その余裕なのでしょう。
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◆ナレーションさえ無い
今回の鑑賞、
映写は 途中の5分間のインターバルを挟んでの長丁場でした。
見終わったあとの充足感の理由はこうでした
つまり、三つ星のあのレストランを訪れるという事は、有機体=ミシェル・トロワグロ氏の店と、あの人となり に会いに行くという事だったのですよ。
料理よりも、人そのものが写っていたのです。
説明がいらなかった。
いろいろと、納得しかありませんでした。
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長い映画なので
東座の社長さんは上映まえに館内を回り、
・この映画では臭いを出したくないから飲食は我慢して欲しい旨を説明し、
・お客さんたちには「より座り心地の良い席」への移動を勧め、
・いつもの定位置に陣取る僕には「靴を脱いで足を乗せられるマット」を、ウインクして そっと出して下さったんです。
・ひざ掛けのサービスも有ります。
いつもはニコニコと丸椅子に座っていらっしゃる社長のお母さまも、別人かと思うほど機敏に接客 (=元料理人でいらっしゃる) なさっていました。
手作りチケットの裏面には、社長合木こずえさんオススメのオーベルジュ・レストランの名が3つ、書かれてありました。
「ポトフ 美食家と料理」の上映の時には、この映画館は、町内のビストロと組んで「ポトフコース」のコラボレーションもしてくれた。
映画館も、人だ。 と思いました。